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スパゲッティの誕生月

スパゲッティは一人で食べるものだと思ってた。
それは私の家庭環境がとても特殊で、普段私たちは仲が良いのにご飯の時になると各々部屋にもっていって食べてしまうからである。もちろん家族4人で食べることもあるけど、物凄く静かだし、お通夜状態である。
それと同時に『スパゲッティーの年』のせいでもある。あれを読んだ時、たしかにスパゲッティは一人で食べるものだと思い続けてはや5年になる。
そして私はお誕生日にはじめて誰かとスパゲッティを食べることになる。

5月の陽射しが眩しかった。梅雨に向けて、雨の匂いを孕んでいていつ降ってもおかしくない危ういような晴れだった。
私と彼は窓際の席に案内された。海が良く見える素敵な席だった。
素敵だった。でも海が近いせいで目はチカチカしたし、陽射しのせいで日焼けが心配でとても食事ができる環境じゃなかった。
「ここはスパゲッティが美味しいんだ。」
「そうなんだ。」
メニューを開くとたしかにスパゲッティだらけだった。8ページくらいあるメニューの5ページはスパゲッティの種類がびっしりとかいてあった。
随分悩んで私はミートスパゲッティにした。彼はカルボナーラだった。
「お誕生日おめでとう。」
彼がおもむろに口を開いた。
目がチカチカするので彼の手元をみながらお礼を言った。
彼と私はスパゲッティがくるまで思い出話に花を咲かせた。
はじめてあった時こうだったよね。実はこう思ってたんだよね。
彼はよく物事を覚えてる人だった。私に関してだけなのか、みんなに対してもそうなのか、はたまた無意識なのかわからないけど、ゾッとするくらい覚えられてる。
私の好きなケーキとか、お菓子とか、付けてる香水とか、ぬいぐるみの名前とか。
私の記憶は大切にスクラップブックにされていて、思い出をいうとすぐにその記憶が貼ってあるページが開けるような正確さだった。
対称的に私は覚えてることが少ない。はじめてあった時どこに連れて行って貰ったのか曖昧だし、勧められて読んだ本の内容も忘れつつある。
彼と話していて、そういえばそうだった。が増えている気がする。
消えゆく過去を繋ぎ止めてくれる意味でも私は彼が好きなのだ。
そして彼も私のことが好きだと信じてる。

スパゲッティがきた。
ちょうどはじめてみた映画の話をしていたときだった。
ミートスパゲッティは実に美味しそうだった。
立ち上る湯気はガーリックとトマトの匂いで、見た目は一気に童心にかえるような懐かしさ、ミートボールは大ぶりでゴロゴロ入っていた。
「いただきます。」
二人同時に声が出て笑う。
フォークにスパゲッティを巻き付けて口に運ぶ。
ほんのり甘いトマトソースが口の中に入る度に私は夢中になる。
目の前で彼は黙ってカルボナーラを食べている。
いつも一人で食べているスパゲッティを誰かと食べたからといって格別に美味しくなるわけじゃないんだな。と思っていた。
店内は爽やかなジャズが流れていた。海は絶えず寄せては引いてを繰り返し、日は高くなり、彼の手に握られている銀のフォークの光が終始私の目に入って眩しくてイライラしていた。
「お誕生日プレゼント、渡してもいい?」
「いま?」
「いまだよ。」
はじめワインかと思った大きなリボンがつけてある青色の包み紙をあける。
それはモネが描いた『日傘を差す女性』の女性が持っているように白くて、『赤毛のアン』が羨ましがるようなレースをふんだんに使われているほっそりとした日傘だった。
「綺麗。見るだけで涼しくなりそう。」
「似合うと思うよ。」
「スパゲッティ食べ終わったらちょっと散歩したいな。」
「いいね。日傘みせて。」
「もちろん。」
2人でワインを飲み終わり会計を済ませて公園を散歩をした。
日傘は花びらが落ちる時と同じくらい静かに開いた。
凄く涼しい散歩だった。
青葉と雨が降る直前のような湿った匂いが日傘が作り出した影に充満していて幸せな時間だった。


あれから私の誕生日になる度に、あのレストランでスパゲッティをたべて公園を散歩するのが恒例になっていった。
5月になると、あの日傘が作った影の涼しさを思い出す。

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