あの家 6

砂利を少し引き摺る足音は、幼い頃から変わっていない。

「庭の掃除、まだ終わってねぇから」

声に視線を向ければ、学校指定ジャージのパンツとTシャツを着崩した、悪ぶってるつもりの幼馴染みが居た。
手にはお気に入りの竹箒を握っているが、彼がお気に入りだと認めたことは無い。

それにしても、相変わらず勘が鋭い。

彼が言う事には、霊感の一つだという。
縁遠い私には解らないが、幼い頃からこの神社で手伝いをし、仏教に触れ合ってきたので、そんなモノかと受け入れている。

「また、あの家見てんのか?」

彼は私の隣に来ると、つまらなそうに家を見下ろし、直ぐに視線を私に戻した。

「……それより、祭りの練り歩き、ルート変更決定したってよ」

手近な椅子に座り、苛ついたように話しを続ける。

「新市長の奴、全然祭りの意味解ってねぇし、馬鹿にしてやがる」

祭りの意味。
それは昔に起こったこの街の大災害、酒田大火からの復興祭である事。
私があえてそう言うと、彼は更に不機嫌そうに顔を歪めた。

「……そっちじゃねぇの、知ってんだろ」

早々に謝って、正しい方を答える。

この神社が祀っている、龍神様へ供物を捧げるための祭りだと。

「練り歩きは、決められた日と、道順と、人の数が足りねぇと意味がねぇ。……なのに、あのボンクラ!」

新市長は、この街の出身、ではあるが、ただそれだけ。
生まれて直ぐに家族で都会に引っ越したのだから、この街のと縁は薄い。
それでも、過疎が進んでいるこの街の復興に関して、手腕は非常に良い。
駅前の活性化や、商店街の改築、港の運営、観光、様々な分野に次々とメスを入れている。
そんな人間が、一大イベントである酒田祭りに目を付けないわけが無い。

そう言えば、人気アニメのキャラクターもやってくるとかなんとか。

つい口に出してしまい、即座に後悔する。

「儲かりゃ何だってイイんだろッ」

幼馴染みの気持ちも解らなくはない。
彼はこの街と、神社と、龍神様を慕っているから。
それは私も同じ。
でも、過疎はやはり目に見えて進行しているのも事実であるから、この街には今、人もお金も足りていない。
だから、大規模の公共施設の計画も、豪華客船の誘致も、アニメのキャラクターが祭りに来る事だって、私は否定し切れない。
施設が出来れば利用するし、豪華客船なんて来たら見てみたいし、出来れば好きなアニメのキャラクターが来てくれると勿論嬉しい。
それを今の彼に伝えるのは流石に無謀な気がして言わないが、彼だって否定はしないだろう。

……嫌な顔はするだろうが。

ご機嫌取りに私も隣に座ると、持ってきたクッキーを彼に渡す。

「あーぁ、親父も焼きが回ったな」

そんな事は、本人を目の前に絶対言えない癖に、この態度だ。
神主である彼の父親は、ちょっと個性的で活発。
髪の毛は普通に今どきの髪型をしているし、普段の言葉遣いも息子を見ていれば良くわかる。
檀家の前では猫を被っているが、躾は息子に恐怖政治と言われる程だ。

「……つーか、あの家見ながらじゃなくて、普通に景色の良い方見て食えば?」

普通の人ならごもっとも。
でも、景色の良い方って、何処も景色なんて代わり映えも無い。
どうせ変わらない景色を見るなら、あの家を見ている方が、私には有意義だ。