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2022/5/24『透徹の誤診』

鎌倉の峠よりも狭くて長くて届かない道を
薬売りの姿をして歩いている
白い牡丹の花のように疲れている
千両もの大金を使い込んでしまった阿呆のような
男である、それも隅田川の花火のような夜に
パックリと割れた背中の下から薄じろい蝉が
明けがたに現れて来る
下野(しもつけ)の昼下がりの茶店の小さな旗が
ゆれる、風に、暑くなりますぜ、親分
スマートな案山子が茶色いペンキで塗られている
つややかな地獄の案内板のように、ニタリと
田舎饅頭を食べてから、出発しましょう
神奈川の海のひぐらしの
とろける海岸の小舟の上では
女が死んだ亭主のためにメザシをあぶっている
明日には飛行船が小田原の空を旋回するだろう
めざめつつあるAIの記憶とは未来である
あまりに水平線がランダムであるので
わたしは死んだ男の名前を思い出せない、そして
モハメッドの腰にさしたナイフの刃は
歩きながら思考するトルストイの長く伸ばされた髭の
海面から泡立つ、ヒゲクジラの、音信、キリシタンの守り十字
手にしているのは、母が今しがたまでそこにいて
カタツムリのように、地面をはって、アジサイの葉をかじっていた
思い出せない、そこにいたのは誰なのか
海岸を彷徨いながら、あきらかな心配をするのは
彼はわたしの主治医、そして
透徹の誤診です。