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【イベント・レポート】谷山雅計氏×田中泰延氏『アタマの実用に“いつかなる”トークセッション』

2019年11月2日(土)にアドミュージアム東京「クリエイティブ・キッチン」にて、谷山雅計氏と田中泰延氏による『アタマの実用に“いつかなる"トークセッション』が開催されました。ライブラリーで展示中の、『コピーライター谷山雅計が選ぶ 実用書じゃなくても「アタマの実用になる5冊(+15冊)」』にあわせて行われた特別イベントです。

対談は、東京コピーライターズクラブ(TCC)の会長を務めるコピーライターの谷山雅計氏と、株式会社電通を独立したのち『読みたいことを、書けばいい。』を上梓した田中泰延氏が、交互に「推薦本」を紹介するかたちで進行。無類の読書家であるお二人は、小説、哲学書、マンガなど一見非実用的な本が「深く考えるきっかけをつくってくれたし、その時間の積み重ねが仕事や物の捉え方に生きた」ということで、(今すぐじゃなくても)アタマの実用に“いつかなる"本を選書いただきました。ちなみに、お二人は仕事のための実用書は一切お読みにならないという事です。
 お二人には、選んでいただいた「推薦本」の中から、特に心に響いた一文をピックアップしていただきました。

1.谷山氏 推薦本

『つむじ風、ここにあります』

(木下龍也著/書肆侃侃房/2013)

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<おすすめの一文>

全部屋の全室外機稼動してこのアパートは発進しない

カレンダーめくり忘れていたぼくが二秒で終わらせる五・六月

本屋っていつも静かに消えるよね死期を悟った猫みたいにさ

ラコステの鰐に乳首を噛まれたと購入者から苦情が届く

天井の染みに名前を付けている右から順にジョン・トラ・ボルタ

若い歌人による短歌集です。著者である木下氏は、実は谷山氏のコピー塾の生徒だったそうです。谷山氏は、木下氏がコピーライターを目指していた時の経験が短歌にも生きていると言います。

「言葉の選び方や、ものの見方がすごく面白い。だれかが『木下さんの歌にはアイデアがある』と言っていたんだけど、広告を学んだ人だからこその歌っていう感じがあるんだよね。彼の短歌はユニークで、コピーのような閃きが感じられます」と谷山氏は賞賛しました。

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2.田中氏 推薦本

『ジャン・クリストフ(全4冊)』

(ロマン・ローラン著/岩波書店/1986)

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<おすすめの一文>

愛するのに二つの仕方はない…いやむしろ二つある。
自分の全部を挙げて愛する仕方と、自分の皮相な部分のわずかだけを捧げて愛する仕方とだ。

これは主人公ジャン・クリストフが困難を乗り越えながら音楽家として大成していく、20世紀初頭に発表された長編小説です。ロマン・ローランは、当時の西欧社会を描いたこの作品でノーベル文学賞を受賞しました。

田中氏は、作家が登場人物を通して熱いメッセージを発していると言います。
「〈おすすめの一文〉で紹介した言葉にはグッときましたね。これは、全部を懸けて物事に取り組まないと、結局は何も得られないということです。仕事の態度にも通じるセリフだと思います。ちなみに長編小説を読み切ると、山を登り切った時のような達成感が味わえます。自信もつくので、他の分厚い本にも手を出してみようという気になってきます」。

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3.谷山氏 推薦本

ギャンブルレーサー 19

(田中誠著/講談社/1997)

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<おすすめの一文>

どんなに必死にがんばったとしても9着じゃ9着の金と点しかもらえねえんだ!

1着の金と点を得るためには1着取る以外ねえ!それができねえんなら勝負の世界で生きようなんて考えるな!

オレは追い込み屋じゃなくてマーク屋だ。マーク屋はマーク屋の仕事をするだけだ。

博打にばかり手を出している競輪選手が主人公の全39巻の競輪マンガ。谷山氏が20~30代の時には、いつもこのマンガのセリフが頭の中に蘇ってきたそうです。

「広告コピーの世界で良い仕事をしていこうと思ったら、毎回の打ち合わせが勝負なんだって思ってやらなきゃいけない、っていう気持ちが強まったセリフですね」。谷山氏の言葉から、広告クリエイティブという勝負にかける厳しさがうかがえました。

4.田中氏 推薦本

『千のプラトー 資本主義と分裂症』

(ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ著/河出書房新社/1994)

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<おすすめの一文>

きみの器官なき身体とは何か。きみ自身の線とは何か。
きみがいま現に作成し、訂正をほどこしている地図はどのようなものか。
きみ自身のため、そして他人のため、きみが引こうとしている抽象の線は
どのようなもので、そのために何を犠牲にするのか。

むしろペニュルティエーム、最後の手前、
つまり見掛け上の交換が交換を行う者に利益を与えなくなる手前、
別の言い方をすれば、交換する者同士がそれぞれのアレンジメントの変更を余儀なくされ、別のアレンジメントに移らねばならなくなる一歩手前という意味である。

平滑空間あるいは遊牧空間は二つの条理空間のあいだにある。
すなわち重力の垂直線をともなう森林の条理空間と、格子状の区間、あまねく引かれた平行線、独立した樹木、そして森林から樹木と木材を切り出す技術をともなう農耕の条理空間のあいだにあるのだ。

ベートーベンにおけるように、発展が形式を従属させ、全体に及んでしまうとき、変化は解放され、創造に等しいものとなる。

この本は、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズと、精神分析家フェリックス・ガタリの共著となる思想書です。田中氏が会場に向かって「読んだことある人いますか?」と問いかけると、1人、手を挙げる参加者がいました。

田中氏は、この本の読み方として、マルクスの『資本論』を読んだ後に読み返すと理解が深まると付け加えました。
「この本を読むと、組織化が進む社会を生きていく中で、『個として生きる実感』を取り戻すことが課題になっている、といったことがよく分かります。巨大な組織に飲み込まれて自分を見失いそうになった時に、読み直したくなる一冊です」。

5.谷山氏 推薦本

『広告絵本』

(藤井達朗著/玄光社/1987)

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<おすすめの一文>

 1985年 逝去 働き盛りであった。

これは、元博報堂のCMプランナー・クリエイティブディレクターである故・藤井達朗氏が制作したCMの絵コンテや制作風景が詰め込まれた一冊です。藤井氏は、女優・大原麗子氏を起用したウィスキー・レッドの「すこし愛して、なが~く愛して。」など、コピーの名手としても知られています。

谷山氏曰く、「藤井さんは、CM一つひとつの商品世界をものすごくきちんと意識されている。だから、“単におもしろい”で終わらない。この商品は、どんな世界に置けばいいんだっていう、計算がされているんですよね。『こういうことを考えるのが広告だ』と私の師匠、大貫卓也氏も絶賛しています。藤井氏の考え方が学べる貴重な本です」。

6.田中氏 推薦本

『輝ける闇』『夏の闇』

(開高健著/新潮社/1982、1983

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<おすすめの一文>

入ってきて、人生と叫び、出て行って、死と叫んだ。 

漂えど沈まず。

この小説は、著者が朝日新聞の特派員としてベトナム戦争に赴いた時の過酷な取材体験を基にしています。『輝ける闇』はベトナム戦争の従軍記者の男が主人公で、『夏の闇』は『輝ける闇』の主人公と同一と思われる男が恋人と虚無的な生活を送る物語です。田中氏は「開高健も認めていますが、この2冊は生と死が対になって表現されているので、ぜひワンセットで読んでほしい」と熱くすすめます。

著者である開高健氏は、元々サントリーが寿屋だったころに「人間らしくやりたいナ」などの名作コピーを生み出したコピーライターです。田中氏は「それぞれの小説は、厚みがありながらも、1行1行がコピーの密度で描かれている、だから緊張感あふれる作品になっている」とプロフェッショナルの視点から分析していました。

7.谷山氏 推薦本

『豚キムチにジンクスはあるのか 絲的炊事記』

(絲山秋子著/マガジンハウス/2007)

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<おすすめの一文>

カパスタではありません。ちからパスタです。

この本は、芥川賞受賞作家による料理エッセーで、一人暮らしの著者が締切に追われながら、エスニック料理や豚キムチなど様々なメニューに挑戦する様子が生き生きと描かれています。

谷山氏が「料理のつくり方と広告のつくり方は、かなり似ているんです。ですから、リラックスしながらも、少しは頭を働かせるような状況にしたい時に、“食”に関する本を読むのはおすすめですね。そんな状況でこそ、アイデアが思いつくことがあるんです」と話すと、参加者は、なるほど、というようにうなづいていました。

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8.田中氏 推薦本

『狂気の沙汰も金次第』

(筒井康隆著/新潮社/1976)

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<おすすめの一文>

随筆とは、事象と心象が交わるところに生まれる文章である。

新聞『夕刊フジ』で連載していた筒井氏のエッセーをまとめたもの。シニカルな切り口とギャグを交えた筒井節でつづられています。

田中氏は、特筆すべきは「おすすめの一文」だ、と話します。
「この一文に感銘を受けて、ずっと覚えていたんですよ。僕も中学生ぐらいの時に読んでから、随筆とはそういうことなんだろうなと思っていました。自分で本を書くことになって、この一文がとっても活きたんですよね」。

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9.谷山氏 推薦本

『猫のゆりかご』

(カート・ヴォネガット・ジュニア著/早川書房/1979)

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〈おすすめの一文〉

神は泥を作った。
神は寂しくなった。
だから神は泥の一部に、「起き上がれ!」と命じた。
「私の作ったもののいっさいを見よ!」と神は言った。「山、海、空、星を」。
そして私は、起き上がってあたりを見回した泥の一部だった。
幸運な私、幸運な泥。
泥の私は起き上がり、神がいかに素晴らしい働きをしたかを目にした。
いいぞ、神様!
神様、あなた以外の誰にもこんなことはできなかっただろう!
私にはどう見ても無理だった。
あなたと比べれば、私など本当につまらないものだという気がする。
ほんのすこしばかりでも自分が重要だと感じるには、
どれほど多くの泥が起き上がって周りを見回しさえしなかったということを考えるしかない。
私はこんなに多くを得たのであり、ほとんどの泥はろくに何も得なかった。
この栄誉をありがとう!
今や泥は再び横たわり、眠りに就く。
泥にしてみれば、何と素晴らしい思い出を得たことか!
他の種類の、なんと面白い、起き上がった泥に私は出会ったことか!
私は目にしたもののいっさいをおおいに楽しんだ。

(※「おすすめの一文」に関しては、ハヤカワ文庫ではなく、シェリー・ケーガン著、柴田裕之訳『「死」とは何かーイェール大学で23年連続の人気講義』(文響社)からの引用となります。)

世界を崩壊させる力をもつ発明品を軸に展開していくSF小説です。谷山氏によると、ヴォネガットは、多くのコピーライターやクリエイターたちに読まれている小説家とのこと。

谷山氏は、「おすすめの一文」を朗読し、どうして心動かされたのかを次のように語りました。「自分の人生を振り返るきっかけになりましたし、励みにもなりました。『幸運な私、幸運な泥』という言葉がありますが、自分は泥の中からできてきた1個の存在でしかないかもしれないけど、幸運な泥としてもう少し頑張ってみよう、という気になる好きな言葉です」。

10.田中氏 推薦本

『自虐の詩(上・下)』

(業田良家著/竹書房/1996)

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〈おすすめの一文〉

幸や不幸はもういい。どちらにも等しく価値がある。人生には明らかに意味がある。

『自虐の詩』は4コマのギャグマンガで、気に食わないことがあるとちゃぶ台をひっくり返す夫イサオと、イサオに尽くす幸江が主人公です。

田中氏は、「おすすめの一文」を復唱しながら力強く語ります。「テレビ番組などでも、『とにかく泣ける本』と紹介をされる有名なマンガです。ただ、泣ける本といっても単純な涙ではなくて深いところから出る涙なんですよね。内容はネタバレになるので控えますが、下巻から展開が一変するので、ぜひ最後まで走ってください」。

終わりに

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トークセッションの最後に、いつか「アタマの実用」になる読書について、お二人は次のように語りました。

「本は、読んで急に頭がよくなるわけではないけど、ものを考えるきっかけとして優秀です。」(谷山氏)

「自分の人生経験には限りがある中で、本には色々なことが書かれているので、様々なことを追体験できるんですよね。」(田中氏)

今回のイベント「アタマの実用に“いつかなる”本についてのトークセッション」では、参加者は熱心にメモをとりながら、時にお二人の掛け合いに大笑いしながら聞き入っていました。谷山氏、田中氏の、推薦本への愛あふれる紹介だけではなく、クリエイティビティを突き動かす熱い思いが垣間見える素晴らしいトークセッションとなりました。

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