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窓の外で しきりに 鳥が囀る あまりに しつこいので ベランダを見遣ると 雨上がりの夕陽に染まった 胸元緑 全身茶の鳥が 小刻みに首を傾げ 音ズレしながら鳴く 目が合うと ぴたりと 動きが止む あぁ あなた でしたか 夢にも現れないから 忘れられたと思っていたら 鳥になったとは 驚かそうと思ったくせに 気づかれなかったらどうしようと心配して 自分の好きな色を胸元に入れるなんて そんなことをしなくても わたしは分かるのに 音痴だったから 鳥になっても やはり音ズレ
今日も とても きれいな 洗濯日和です 僕より ワンサイズ大きな 白いワイシャツの 皺を伸ばし広げて ハンガーにかける 君は 今日で十七歳になり 僕は 見上げるようになった 僕が パパになった日 僕が 洗濯が好きになった日 あれから 十七年 洗濯は すっかりと 僕の役割になった 最近は いつも 不機嫌顔で 会話もないが パパも そうだったから 気にしていない でも ママには 優しくしろよ 冬なのに 君が 生まれた日は いつも 良く晴れて 十七勝一敗 今日も と
とても きれいな 洗濯日和です 酔ってもいないのに 歌を口ずさみ 洗濯物を干しています 君は 生まれたばかりで 僕は パパになったばかり これから 洗濯日和には 毎回思い出すだろう 君が 生まれた朝 僕が パパになった朝 君のママから おろしたてのタオルを 洗うように言われたんだ 真っ白いタオルを 七枚干し終え 太陽に向かって 大きく背伸びする 洗濯が 嫌いだった男が 洗濯が 好きになった朝 それだけでも 君が 生まれた意味はある 今日は とても きれいな 洗
老婆が 目の前で 転んで動けない みんな 見て見ぬふりで 歩き去っていく 当然だ 会社に遅れてしまう 僕が ここで 行き去れば 誰かが いつか 通報するだろうが いつになるのかは 分からない 足を 挫いたようで 立ち上がることも 難しそうだ 会社に 遅れると 連絡を入れ 背負って 派出所を目指す 背中に 名前が書かれた 老婆は 悪いねぇ とあっさり 僕の背中に乗った アツさん、ありがとうねぇ アツさん、ありがとうねぇ と耳元で繰り返す 旦那さんなのか 息子さん
愛の欠片が あちらこちらに 落ちている 拾ってみては 向きを変えながら 力の限り 嵌め込もうとするが どれも合わない 君の欠片 ではないようだ 怒りに 任せて アスファルトに 叩きつける 愛の欠片は 強いから 割れない 余計に 腹立たしくなり 踏みつけるが びくともしない これほど 硬いのに 愛の欠片は 至るところに 落ちている 完全な 愛は 壊れやすいのだが 欠片になると 強くなるのだ 欠片を 戻すことは できないのに 君は ひたすら試す 壊れた 理由も
買ったばかりの みかんが ひとつ腐っていた ネットに 詰め込まれた Mサイズみかん10個 のうちの1個 炬燵で みかんを むきながら テレビを見る 何個腐っていたら スーパーに 文句を言いに行く? 10個のうち 3個かしら 左に同じ 普段は 気の合わない夫婦なのに 珍しく意見が合う たぶん 経験による 面倒回避なのだと思う 今までに 2個はあったが さすがに3個はなかった 3個も腐っていたら さすがに 買う段で気づくはず いずれにしても スーパーに 文句を
夕飯は なにがいい? と聞いたら 拉麺とか 鮨とか 少し考えて イタリアンとか 鰻とか 更に考え込んで カレーとか フレンチとか とかとか女の「とか」が始まる 僕は 彼女の「とか」を聞くのが とても好きなのだ もう少し聞きたいので 粘ることにする 焼鳥なんてどう? 焼鳥って レバーとか ハツとか モツとか カシラとか? また「とか」が始まる 僕は特に食べたいものがないので 何でもいいのだ ただ こうやって「とかとか」を聞いていたいだけ 焼鳥より 唐揚
足元に カナブンが 転がっている 妻が出て行った朝から ずっと 仰向けのまま 夏の終わり 蝉が騒がしかった あの日から 弔いもせず 放ってある 死骸を なぜか 捨てようとは 思わない カナブンに とっては 大いに 迷惑だろう もう いい加減 捨てて欲しいのか 近くの 地中に 埋めて欲しいのか あるいは このまま 冬を越したいのか 毎朝 靴を履きながら カナブンに 話しかけるが 返答はない 夏の終わりに 雪国の実家へ 戻ったきり 妻は 帰って来ない このま
コンビニで レシートを受け取ったら もらってどうするんっすか? と部下から聞かれ 言葉が出てこない 確かに 財布に溜まったら 捨てるだけなのだ レジの近くに置かれた 回収箱に捨てればいいのに 捨てられないのは 「何か」あった時のため 商品に問題があり 返品したり 交換してもらう時に レシートが必要になる 食あたりした時に 何を食べたのか 思い出す手がかりとして レシートは有効だ もらう理由を 捨てない理由を 俺は考えて はたと気づく 商品に問題があったことも 食あ
時計が 止まった 壁も 腕も 目覚ましも 時は 動き 続けている 君は 生き 続けている 時計が なくても 困らないのに 君は 困った顔をする 時計を 直そうと 必死になる 時が 無駄に 過ぎて行く 時計がないと 起きる時間も 食べる時間も 寝る時間も 分からないと うなだれる テレビも スマホも 時計が 止まっている 何かが 起きているようだ その時 腹時計が 鳴った 時計なんて 信じないで 身体を 信じて生きればいい 君は 吹っ切れ顔で キッチンへ
冷凍庫に アイスが ひとつ 残っている 大事に 確保していた 高級品だ 夏バテの ピークに 食べようと 思っていたのに 時機を逸した まだ まだ と先延ばしに したら このザマだ 僕の 心には 高級アイスのように 取り残された夢が たくさん 転がっている こんなんだから だめなんだ 秋の 肌寒さを 感じながら アイスを食べれば 歯に沁みる まるで 罰ゲームだなと 身震いしながら 馬鹿馬鹿しくて ひとり笑う 取り残された夢の ひとつが 詩作であることを 思い
だけどもさぁ なるほどね、でも とは言っても 言いたいことは分かるよ、ただ 気持ちは伝わるんだけど それって、つまり 何を言っても 首を縦に振ることなく わたしの思考を飛び越えて行く そんな あなたを尊敬していた だけど なんだか 疲れたみたい 飛び越えて行くのではなく ここ最近は 見下されているような気がして 認められていないんだなって 何でも かんでも 否定されている と思ってしまうのは あなたによれば 典型的な 被害妄想らしい のだけれど かなり不安定で このま
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹 子供の頃を思い出し 始めてみたのだが あの頃のように眠くはならない 羊が増えるにしたがい 頭も焦りを増す 百匹を超えると どこまで行けるのだろうか? と 目的が変わってしまう 増やすからいけないのだ 子供ではないのだから 数え方も変えるべきである 新記録を更新した昨晩 興奮し 冴えた頭で思いついた 羊が百匹、羊が九十九匹、羊が九十八匹 どこまでも続く旅路ではなく 百匹上限で 増えるよりも数えにくいから 何だか眠れそうな気がする 羊が七十四匹、
合言葉は? 山、馬 哲也と僕が 川原の小さな林に作った秘密基地 合言葉を考え 山、川 ではありきたりだから 山、海 にしようとなったのだが ある日 僕がふざけて 海を馬と言ったら その日から変わった 声で分かるので 合言葉なんて要らないのだけれど あった方が楽しいに決まっている 川は海から馬へと捻ったが 第一声の山はそのままだったのは 僕達の知性を物語っている 合言葉は? タロー、ジロー、サブロー 映画を観に行き 哲也と忍と僕が考えた合言葉 秘密基地の住民は三人に増え