見出し画像

読書日記228【ニムロッド】

「世界は、どんどんシステマティックになっていくようね。システムを回すための決まりごとコードがあって、それに適合した生き方をする。というかせざるを得ない。どんな人でも、そのコードを犯さない限りは、多様性ダイバシティは大事だからと優しく認めてもらえる。それで、コードを犯せば、足切りにあって締め出される。(省略)世界全体がそんな風に締め出したを始めたら、行く場所がなくなる人が続出するかもしれない。

上田岳弘著「ニムロッド」

 上田岳弘うえだたかひろさんの作品。IT企業の役員をやりながら書いた作品で芥川賞を受賞している。村上龍さんの私小説を読んでいる感じがある。主人公が誰とでもコミットできるような八方美人的な部分と、美味しいところだけを食べようという姑息さを兼ね備えた(嫌味でなくね)万能的な部分を持ち、主人公の周りは破壊的というか壊滅、懐古的なところがあり世界は少しずつ閉ざされていく。

 主人公はサーバーのサポート業務を行うのが仕事の中本。田久保紀子という離婚歴のある女性と肉体関係を楽しんでいる。田久保は外資の会社に勤め、M&Aや投資などをしている。離婚歴があり、遺伝子的に子供の異常が妊娠の段階でわかって、田久保自身が胎児したことが原因だった。

 同僚で上司だったニムドットこと荷室、仕事の過酷さから、鬱になり名古屋勤務となっている。落ちる飛行機(要は失敗作)の歴史を綴っては社内メールで中本に送っている。ニムドットのメールを読むことを田久保は大変好み、ついには支給されたパナソニックのレッツノートで田久保にそのメールを見せる。情報漏洩の観点からもIT関係の人がそのようなことをしないことを著者は知っているのだろう。

 中本は仮想通貨を掘り当てる(マイニング)の仕事を社長に任命され、そこの部署の課長になっていた。そのことについて中本は特にネガティブにはなっていない。普通に勤務をしてストレスなどなんのその、田久保と会ってせっせこせっせことSEXをしている。中本のビットコインの知識というのは、一般的らしく、そこらへんも詳しくは書かれていない。
 その中で、ニムドットの落ちる飛行機の歴史というか機体の話は延々と書かれて送られてくる。その知識は異様なほど詳細で、何故かその物語を強く求めるように田久保はなってくる。
その中で歯車が少しずつ狂って世界は違う形相を示していく。


 伊藤計劃さんのSF作品を読んでいるときのようなリアルさみたいなものは、抽象的に濁されている。「文書を書く、創造する」という形を面白さとか内容とか関係なく気持ちのままで書く世界がセリフが、この世界を表す言葉がすごく胸にささる。私小説のなかでクソ野郎な主人公の北町貫多が語る言葉が刺さる西村賢太さんの小説「苦役列車」や他の小説のように、この世界の崩壊性や理不尽を強い口調でなく淡々と的確に登場人物に語らせている。

 文書を書くってことや創造するってことを大きく構えて、世界観を放出しなければいけない長編小説と違って、言葉の重さというか「言葉って伝わるし、それ以外で人とはつながることできない」という人間のコミュニケーションの原点を抉りえぐ出す言霊を作ろうとする作家とは、苦労も違うのだろうと察する。

 時間を大量に必要とする創作を重きにおくと(要は書ける小説家)になろうとすると、こういった形になっていくのだろうなと実感する。ミステリーやファンタジーなどのストーリーテラーのような作家たちは専業になって空気を吸うように文章を紡ぐのだろうが、労働をして(別の仕事をもって)夜に文章を書く作家の形態的にこれがベストなのだろうと村上春樹の最初の2冊も教えてくれる。(最初の2作品はジャズバーを経営しながら書かれた)

 この2冊(「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」)は芥川賞候補にはなるけど、2冊とも落選した。後日に書かれたので有名なのは最初は大江健三郎さんがダメを出して、次は井上靖さんがダメをだしたというのは有名で「なんで村上春樹が賞を取っていないんだ」とか自称ハルキニストから言われたことはありますw

 このnoteにも物語(小説)を紡ぐ人はいる。読んでいるけど中々、思っていることを書けてないなと感じる作品もある。そういう人に「あ~こんな感じでいいんだ」と目から鱗をしてもらいたい作品(なんじゃそりゃw)

 時代背景からするとビットコインは値が下がってから異様な高騰をみせるて最高値をつける。そういった意味でも読むと面白い。


この記事が参加している募集

#読書感想文

187,975件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?