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読書日記129 【風に吹かれて】

 五木寛之さんのエッセイ書かれた時代はまだ戦後から70年代手前の話で、初版が68年となっている。時代は古いのだけど、なんかほっとする文章というか「お手本」的な安定感のある文章になっている。書かれていることグロくても、なぜかあっさりと読めてしまう感じがする。まあ大家だし、最近でも「親鸞」とかの歴史ものとか書いている。

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 学生時代に通った女郎屋の話がでている。わからないと思うけど、戦後から10年ほど過ぎるまでは「赤線」という場所があった。昔でいう遊郭というかそこでなら、女性を買ってもいいとう場所で、お風呂もなくただの布団があってそこで、女性を抱いてというのが昭和32年まで続いていたという。著者は業界紙というか専門紙というか株式新聞・重工業新聞などいわゆる、「機関紙」を配達するアルバイトをしながら、大学生を続けている。

 そのころはある程度の裕福でも生活が大変で、アルバイトに精を出していたらしい。その頃にあった北千住の女郎屋による。そこで配達の疲れからか寝てしまう。そこで著者は相手である女性に怒る。

「なぜ起こさなかったんだ」
「だって、兄(あん)ちゃんが、あんまりぐっすり寝込んでいるもんだから……」
 東北から出て来六か月という女の子は、しんそこ恐縮しているように見えた。自分が帳場に行ってもどったきた何分かの間に、あんたはもう眠っていた、よほど疲れているに違いないと思って起こさなかったのよ、と彼女は言った。

 ここに出てくる女性がなんかたまらなく切なく感じる。エッセイの中に出てくるただの女性なのだけど、この数年後には日本は「高度経済成長」という時期に入って「赤線」も廃止されるであろうに、若いその時間に親への仕送りだろうか?それとも兄弟を食べさせるためだろうか?少女が作家になる前の著者に「ただ寝ていた」というのを起こさなかったことを詫びる文章は正直に切なく感じる。

 彼女は、玄関で私の靴をそろえ、
「ごめんなさいね」
 と、訛りの強い言葉で囁いた。
「そこまで送っていく」

 彼女は著者の配達用の自転車の空気がぬけていると、農作業をしていたからだろうか、たくましい腕をみせて空気ポンプで空気を入れる。

 女はポンプをはずすと、手でタイヤをにぎり、
「固くなった」
 と、言って、一瞬、照れたように笑った。

 著者はその時照れたように笑った女の顔を思い出すと、良かったと思うと書かれている。戦争で男性の数が減少して女性は嫁ぐところも少なく仕事もあまりなかった時代に、家族の生活のためにと都会に女郎屋にといっていた時代があったのは歴史の本や昔の本に書かれている。今も変わらない部分はあるのかもだけど、その女性の切なさを思うとなんともいえない気持ちになる時がある。

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 著者が早稲田の露文科に入学した時の初めて教えを受けた先生の話もすごく胸に突き刺さる。昭和27年という、まだ貧しい時代であるし、血のメーデー事件・早大事件と問題の多い年だったらしい。

 私たちがロシア語の厄介な変化に疲れてくると、先生は授業をやめ、一服するのだが、この時間がとても良かった。
 くしゃくしゃのたばこの袋から貴重品であるかのごとく一本を抜き出し、さらにそれを半分にちぎって火をつける。ちぎった半分はまた大事そうに袋にもどされた。

 貧乏で製薬会社に血を売ったりして生活をしている著者の気を楽にさせる行為というか「先生さえも苦しいのだから」というのがすごく伝わってくる。バスに乗るのさえ贅沢だった時代が僕らが生まれる15年ぐらい前にはあったんだと思うと何故か胸が締め付けられる感じがする。この横田瑞穂先生というのはゴーリキイやゴーゴリの短編を翻訳したり、「静かなドン」の完訳を翻訳したすごい先生らしい。

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 そういう古い時代のエッセイが満載になっている。作詞家としても有名になり、(作品知らないけど)それから「青春の門」という作品が有名になり、村上春樹より売れている作家だったと国語の先生が言っていたのを想い出した。長者番付というのがあった時に僕らの時代は赤川次郎とか西村京太郎とかがとにかく売れていた。そんな時代の少し前にそんなデーターがある前だから相当だったろうなと思う。

 アルバイトしている時に知り合ったおじいさんが言っていたのは、とにかく今まで食べたものの中で一番美味しかったものが、戦後の闇市で食べた「ライスカレーだった」という。戦後にカレーなんてあったの?と聞くと「戦前からあった」と言っていた。今のカレーとは違って小麦粉をのばしてカレー粉をまぶすシンプルなもので、食べたことあるけど、味が薄くて醤油かけて食べた記憶がある。

 その話と同じネタのことが石田衣良さんの小説「波の上の魔術師」に書かれていた。聞いたのは子供の頃だったので同じ思いをした人がたくさんいたことになる。そんな時代の甘いものってどう感じるかと思いながら、エッセイを読んでいた。

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