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ばらがき 【 小説 】

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新撰組の面々の多摩時代、若き日の物語 ※ 表紙イラストはGATAGフリー画像のFadlyRomdhani様
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ばらがき ( 余 )

ばらがき ( 余 )

 近藤に風呂場をかりて血と汗をおとし、土方の着古しを借りて家にたどり着くころには、すでに高くなった陽光にこうこうと庭が照らしていた。
「……さて……」
 ――一応、源三郎さんに、家のものにうまく言い繕ってくれ、とたのんでおいたが。
 忍び足で、うら口にまわる。
 ――母に騒がれでもしたら、かなわない。
 先程の襲撃よりも、よほど慎重にことを進めていく自分に、はじめは苦笑いする。まるで、いたずらが発

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ばらがき 10

ばらがき 10

「ひゅうっ……!」
 のど笛に突きを喰らった男の口から、木枯らしの季節のすきま風のような音がもれた。
 総司の目から、ぬら……、とあわい光がゆれ、大の男たちが、そろいもそろって後じさる。
 その速度の何倍もの速さで、総司の剣は突き進む。相手に断末魔の叫び声さえあげさせず、一気に三人を屠った。深々とささった剣がぬけると、びゃっ、と赤い飛沫が周辺に飛ぶ。まるで、豪雨のように。
「ひぃぃ!」
 使い古し

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ばらがき 9

ばらがき 9



やくざ者たちの居場所は、わりあいとすぐに割れた。
「わかったぞ」
 ――そこいらの密偵なんかより、余程、早い。
 父親と祖父の仕事と比較して、はじめ少年は改めて、土方という男を見直した。
 薬売りの姿をとく土方は、至って冷静だ。
 土方の長兄は盲目なのだが、なぜか裏社会に広くゆうずうがきくという、なかなかに面白き男であるのだが、そのつてを使い倒したようである。
 加えて、上から数えて三番目の

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ばらがき 8

ばらがき 8



 作戦の大本を練るのは土方が請け負い、そこに納得するだけの肉つけは山南が行うことになった。
 その間、近藤は総司のもとに行き、源三郎とともになだめ役にまわっている。
 土方は本能的な閃きは群を抜くが、細かいところにまで目が行かない。
 山南は、あらゆる隙間を封じるのに長けているが、度肝を抜くような思いつきはできない。
 だから、この分担は至極理にかなっている。
 ――さて、どんな策略でくるの

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ばらがき 7

ばらがき 7



 目玉をぎろぎろさせながら、はじめ少年は道場を闊歩する。
 木刀が腕になじめばなじむほど、天然理心流をおさめるのがおもしろくてならなくなっている。自分がめきめき上達し、つまり、強くなっているのを自覚できるのは、至極楽しい。
 だが反対に、相手がどんどん限られていく。
 たいていの者は、土方のクソ下手くそな字で『さいとう』と書かれた木札をひっくり返す音が道場にひびくやいなや、そそくさと姿を消し

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ばらがき 6

ばらがき 6



混じりけのない群青色にひっかき傷をつけて征く雲のように、日が流れていく。
 この間に、またすこし、試衛館まわりで様子が変わった。
「総司、こちらにいらっしゃい」
 ひとりの女が道場の門扉ちかくに立ち、うっすらと微笑みながら手招いている。
 この女が門扉の前に立つようになったのは、自分が試衛館を知ったころからだと聞いたが最近はとみにうるさいようだ。女の正体は、沖田総司の姉だという。
 ――なる

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ばらがき 5

ばらがき 5



 その日は家に帰るなり、はじめ少年は家の裏にまわった。そしておもむろに、洗濯の用意をしはじめた。
 大だらいに井戸からくんだばかりの冷たい水をたっぷりとはり、洗濯板にむかって腕を上下に動かしまり、かたく絞った後、物干しにしている竹竿に等間隔でぴしりとほし、一枚一枚、ぱんぱんと手のひらで叩いてのしながらしわをけしていく。最初は背伸びぎみに、そして最後の方は屈んで、余すところなく伸ばすのである。

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ばらがき 4

ばらがき 4



 走り寄ってきた姉を慌てて押し留めて、むりやり方向転換させて家に帰るように言い含める。
 と同時に、はじめ少年は土方のもとに戻ると、やにわに深々と頭をさげて入門を願い出た。
 ――どうにでもなれ。
 八方ふさがりの中、勢い、というよりも、その場をしのぐつもりでの入門願いだった。自棄のやんぱち、という言葉の意味を、はじめ少年はこのとき初めて身にしみて知った。
 はじめ少年の形相に鼻白んだ土方だ

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ばらがき 3

ばらがき 3



「リャ、リャ、リャァッ!」
 気合いの声が道場に走る。道場の看板には、試衛館、とある。
 ――どうしてこうなった。
 自分自身を呆れつつ、はじめ少年は道場で木刀を振るっている。直径二寸はある木刀は、ぼんくらの腰にぶら下がっているなまくら刀など足元に及ばぬ重さと、殺傷能力がある。
 この道場に通いだしてすぐの頃、はじめ少年は持ち上げるのにも精一杯だった。直径二寸といえば子供の手首ほどもあるのだ

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ばらがき 2

ばらがき 2

 弐 

 はじめ少年は、ふと、目を細めた。
 珍しい翅をした蝶が、庭先を舞っているのが視界にはいったのだ。
 近くにある、クスノキの巨木付近でよく見かける蝶である。真っ黒な翅に青い筋を螺鈿細工のようにいれた翅斑として持っており、実に美しい。
 庭に咲く、母のますと姉のおかつが丹精こめて手入れをしている花に誘われてここまで飛んできたのだろう。
 はじめ少年は動物や虫が特別に好きではないが、美しいも

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ばらがき 【 小説 】

ばらがき 【 小説 】

序 ――気がつかれた。

 そう思った瞬間、はじめ少年は脱兎のごとく、逃げ出していた。
 だが、やっと顔をまともに見られた。
 これは収穫だった。
 ――あいつ。
 多摩の百姓の出だとかいうはなしなのに、まるで役者のように美しい顔をしていた。
 女が引き寄せられるタチの男だと、ひと目見てわかった。
 あきらかに女が好む、いわゆる危険な匂いのする――男だ。
 ――あの顔で、姉をおとしたのか。
 なる

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