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スメルス。

 大人になってから名前を知った食べ物「ブリトー」。
少し冷えて、角が硬くなったところを食べるのが好き。ほんのり、幼稚園の礼拝堂の匂いがする。
 上京2年目だっただろうか、コンビニでのバイト初日だった。3日程しか研修受けていないにも関わらず、レジ周りをマスターしたとみなされ、昼のピークタイムにレジに入ることになった。必死に接客をする中、ブリトーの袋を切らずにレンジにつっこんで、大爆発させた。
隣のレジにいた店長に「店長、ブリトー、爆発しました!」と大きな声で報告すると、店長を含め、レジに並んでいた都会のサラリーマンたちは、なぜかこぞってゲラゲラ笑ってくれた。幸い、ブリトーの在庫もあったので、今度はちゃんと袋を切って温めて、バイト初日を終えた。
償いの気持ちを込めて、生まれて初めてブリトーを買って食べながら帰った。1日の疲れを、ハムとチーズと、角っこの少し硬いところが癒してくれた。懐かしい、いい匂いだ。ブリトーとは、この日からいい付き合いが続いている。

 そう、恒例の「またもや話が逸れた」けれど、匂いの記憶ってすごくて。
これっぽちも持ち合わせていなかったはずの記憶が、ぎゅいーーーーーーーん!と、時空の彼方から引っ張り出されることが多々ある。ブラックホールに向けて打ち込んだゴムゴムのピストルが、一気に身体に戻ってくる感じ。
変な趣味はないけど、靴流通センターとクロックスショップの匂いが大好き。ほかには、伊勢丹と、古めの映画館と、新車と、子供の頃によく行ってた「金港堂書店」のバックヤード(よくお手洗い借りてた)の匂いが好き。きっと、良い記憶が植え付けられた場所と匂いの成分が似てるんだろう。

 最近は、ド新人宣伝マン時代から何度も足を運んでいるスタジオで仕事をしている。年に1度は必ず来るんだけれど、所内に一歩入った瞬間、毎度その独特な匂いによって、色々な記憶がぶわ〜〜〜〜っと身体に戻って来る。ワクワクしたり、泣いたり、焦ったり、怒られたり、、、紛れもない成長の日々。
よく「あそこは職人さんが多くて怖いよ〜!」なんて脅かされていたが、わたしにとっては、居心地の良い場所でしかない。
この素晴らしい匂いは、ここで人生を過ごした職人さんや俳優さんたちが、数え切れないほどの作品を生み続けてきた証なんだなあ。

 思い出のつまった場所で、さらに新しい思い出をつみあげながら、近くのコンビニで買ったブリトーを食む。日々、いろいろなことにてんてこ舞いで、心に余裕なんてないし、家族と会う時間も限られているけれど、いい匂いに包まれて、間違いなく最高の初夏を過ごしている。