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思い出のたべもの 1.なす

幼い頃から、なすが大の苦手だった。

あのぐにゃっとした食感とみずっぽさ、若干の青臭さがどうしても受け付けなかった。煮物や味噌汁にするとつゆの色が変色するのも、なんとなく気に入らなかった。(最近知ったがナスニンという成分が溶け出すためらしい)

歯に当たるとキュッと鳴る、エナメルのような独特の食感の皮は好きで、なすの漬物だけはかろうじて食べられていたが。

食わず嫌いがたたってか、高校卒業までなすはほとんど私の口に入ることはなかった。大学入学のため、ド田舎から東京の田舎へ引っ越してからもしばらくは食べなかった。

ヤツとの出会いは予期せず唐突に訪れることになる。大学2年生の夏、実家に帰省するために東京駅
へ向かった。大学の授業が終わってから向かったので、駅に着いたのは夜の6時くらいだった。人混みをかき分けて駅弁屋で駅弁を買い、新幹線に乗り込んだ。

大学1年生の頃はホームシックで毎日のように泣いていた私である。1秒でも早く実家に帰りたい気持ちと、早く目の前の弁当を食べたい気持ちでワクワクしていた。新横浜を過ぎたあたりでいそいそと弁当を広げると、真ん中らへんに煮込まれて少し茶色がかった紫色の、ヤツがいる。

私の家では、親の躾が厳しく「お残し」はご法度だった。親の目からは離れているとはいえ、どうも残すのは気が引けてしまい数分悩んだあとで意を決して口の中に放り込んだ。

本当は、ほとんど噛まずに飲み込んでやるつもりだった。でも直径3センチ、厚さ2センチ程度のなすを丸呑みすることも出来ず、仕方なく口を動かす。

じゅわり

揚げ浸しだろうか、油をよく吸ってとろりとしたなすの実の間から、香りの良い出汁が染み出してくる。

なんだこれは、と思った。
なすってこんなにおいしかったのか?
油のコク、出汁の塩気と甘味のバランスが絶妙…。
この時の私は、きっと目を丸くしていたことだろう。あるいは豆鉄砲を喰らった鳩のようだっかもしれない。

これをきっかけに、なす=もしかしたら美味しいかもしれないの方程式が出来上がった。

この方程式の真偽を確かめるべく、母になすの煮浸しを所望すと
「あら珍しい」
といいながらも少し嬉しそうに調理してくれた。
母が作った煮浸しは、あっさりとしているけれどなすにきちんと出汁が染みてとてもおいしかった。こうして私はなすに偏見の眼差しを向けることは無くなったのだ。

この夏から、私は毎年これでもかというくらいなすを買う。和洋中煮るもよし、焼くもよし、揚げるもよし…。こんなに万能な野菜、なかなかない。

なすが大の苦手だった私の得意料理は、あの夏を境になすの煮浸しになった。

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