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フォトエッセイ

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何気ない日常の中で、ふと気になってしまうモノ・コト。季節の写真を添えて、短い言葉にまとめたエッセイ集です。
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#カメラのたのしみ方

レンゲ畑

いつものウォーキングの途中、日当たりの良い田の脇の道で、ほんの一群れのレンゲの花を見つけた。春のゆるやかな風を受け、そこだけ明るい赤紫色に揺れている。 私が子供の頃は春になると、家の近くにも小学校のまわりにも一面のレンゲ畑が広がり、友達と一緒に夢中で花をつんだものだった。たくさんの花の中から、まだ色の浅いものや、盛りをすぎて濃い紫になったものを避けて、ぱっちりと瞳を見開いたような瑞々しい花を選んでつんでゆく。 広いレンゲ畑ではいつも、私たち子どもと無数の蜜蜂とが共存してい

白梅

里山へと登ってゆく山道の脇に、年を経た白梅の木が一本だけ立っている。誰かが世話をしているふうでもなく、後ろの藪が枝の間に倒れ込んでいたり、蔓が幹に絡まっていたりするのだが、毎年きまって三月になると、満身真っ白な花をつけてくれる。 山道の手前には細い道が一本あるだけなので通る人も少なく、だから花が咲くといつも、メジロやヒヨドリなどの野鳥で白梅はにぎわっている。 今日もウォーキングの途中に前を通ると、羽ばたきの音と共に、鳥たちの影が一斉に空へと消えていった。 公園や神社にある梅

二月尽

2月下旬の、とても冷え込んだ朝。手早くマフラーを巻いて手袋をして、霜の撮り納めにゆく。 立春を過ぎてから夜が明けるのがずいぶん早くなり、気温もすぐに上がるので、おそらく今年の霜はこれで最後。 義母をデイサービスに送り出すため、この日は早い時間に家を出なければならず、「5分だけ」と決めていつもの空地へと向かう。 タネツケバナはゴマ粒ほどの、小さな小さな白い花。冬の半ばからずっと、枯色の風景の中、群れて咲き続ける芯の強さを持っている。 ホトケノザの花色は、すでにくっきりと濃い

春の雪

立春も過ぎた2月半ばのこと。朝、ベランダの雨戸を開けると、一面の雪景色が広がっていた。お向かいの屋根も、その向こうの里山も、いつも霜を撮りに行くお隣の空き地も、真っ白な雪に覆われている。 和歌山は温暖な気候なので雪が積もることはめずらしく、しばらくは窓を開けたまま、ほうっ、と風景に見入ってしまった。 「一晩でこんなふうになるなんて。何の音もしないままで」 雨が激しい夜は雨戸を閉めていても音でわかる。でも、雪はまったくの無音。不意打ちのように風景が美しく変わってしまったことに、

黄落 ~flow Essence⑤

石造りの鳥居をくぐる前から、境内が金色に輝いているのが遠目に見てとれた。末広がりのささらな銀杏落葉が一面に散り敷かれ、その真ん中に背筋の伸びたご神木がすっくと立っている。はるかな青空にまで黄葉の明るさが届くほどの大銀杏だ。 「まあ、なんとすごい木やなあ」 「落葉も金色や」 コートを着込んだご婦人方、パグ犬を連れた少女、一眼レフを肩に掛けた革ジャンパーの男性……誰もが一様に大銀杏を見上げて、まずは笑顔になる。 黄金色の啓示を天から授かったかのように。 透けて見える枝の繊細な美

朱の饗宴・丹生都比売神社

11月半ば、丹生都比売神社(和歌山県かつらぎ町)に参拝しました。 神様の鎮まる天野の里は標高約430m。空気はひやりと冷たく、すでに冬の気配を漂わせていました。 輪橋のまわりの紅葉がことに艶やか。 遠目に見ると、橋を渡ってゆく人影が紅葉の色に染まって、ゆるゆると動くオブジェのよう。 輪橋は豊臣秀吉の側室・淀の方の寄進で造られたと伝えられています。 紅葉の色と相まって、橋の紅色がとても冴えて見えました。 江戸時代に建てられた「光明真言曼陀羅碑」にも紅葉。 この石碑には円形

紅葉の高野山①【金剛三昧院】

紅葉にはまだ早いと思っていたのですが、もうあちらこちらに黄色や紅色の鮮やかな彩りが見られた、10月下旬の高野山。 まずは久々に「金剛三昧院」に参拝しました。 境内には日本で二番目に古いと言われている多宝塔があり、古色の深い木肌がとりどりの紅葉に映えていました。 多宝塔の手前には、「六本杉」という樹齢約400年のご神木があります。三本の杉の木の幹が六本に分かれた大樹で、守り神である天狗・毘張尊が舞い降りた神樹だとのこと。 枝が絡み合い、風にざわざわと鳴る「六本杉」のどこかに、

特別な音色

10月24日、野上八幡宮(和歌山県紀美野町)で、清水武志さんのピアノによるジャズコンサートが開かれました。 拝殿の前にYAMAHAのグランドピアノが置かれ、客席は境内の青空の下。椅子に置かれた温かな座布団のお心遣いがありがたかったです。 秋晴れの明るい陽が降り注ぎ、この日は絶好のコンサート日和でした。 私はあまり音楽には詳しくなく、ことにジャズはほぼ未経験です。有名なナンバーすら知らないので、楽しめるのかどうか、少し不安を感じていました。 でも、演奏が始まったとたん、やわら

霧散

昨日は朝から、なんとなく気持ちが沈んでいた。 普段、のほほんとしている私にはめずらしいことで、 「う~ん、浮上できない。一体、なぜ……?」 目に見えない雲のようなものが、体にも心にもまとわりつき、もやもやと離れない感じ。 急に寒くなり、まだ体が寒暖差になじめていないから? ここしばらくちょっと無理をして、さまざまな雑用を入れすぎていたから?あるいは二日前の満月の作用が尾を引いているせいなのかも……。(月の満ち欠けは人のからだに影響を及ぼす由) 読みたいと思って本棚から取っ

十三夜のお月見【和の暦】

今日は旧暦の9月13日。「十三夜」と呼ばれる二度目のお月見の日です。 旧暦8月15日の「十五夜」は中国からもたらされたもので、アジアの国々でさまざまな「お月見」が催されるのですが、「十三夜」は日本独自の風習。 ちょうど栗の収穫時期にあたるため、「栗名月」と呼ばれることもあり、秋の実りに感謝する意味合いもあるそうです。 また、「十五夜」を「前の月」、「十三夜」を「後(のち)の月」とし、両方の月を愛でることが、とても縁起の良いこととされています。 こちらは昨日の夕暮れ時の月。

超初心者のお手軽アウトドアチャレンジ①【体験】

今まで何度も手を出したくて、でも出せなくて、ためらっていたこと。 それはアウトドア。 もともと自然の小さな生き物や野の花を撮るのが好きなので、コンデジを手に一人で何時間も山裾を歩き回ることが多いのですが、 「アウトドアはハードルが高いな」 そんな気持ちがあり、踏み出せないでいたのです。 まだ幼いころ私は、父と母と弟、それから母方の祖父母やお知り合いの家族と一緒に、玉川峡や大台ケ原へキャンプに出かけていました。 祖父は中学の体育教師、父は住友金属にサッカーで入社していたことか

レッテル【自然】

お昼から夕暮れまで半日間だけ、久々の夏空が広がった日。 外出しようと玄関を出ると、太陽の周りに大きな虹色の環がかかっていた。 環は「ハロ現象」や「日暈(ひがさ)」と呼ばれるものなのだけど、私にはこれらの言葉がどうにもしっくりこない感じがする。 厳密には「彩雲」ではないらしいし、「光環(こうかん)」では大層すぎるし、「円虹(えんこう)」で広辞苑を引いても、そんな言葉は見当たらず……。 とりあえず、目に見えるこの風景がすべて。名前というレッテルは無理に貼る必要はない。 そう思

2回目のワクチン接種【体験】

8月半ば、市の集団接種会場へ2回目のワクチン接種に行きました。 1回目は腕が上がりにくかった程度で、ほぼ副反応はなく、 「今回もそんな感じだろうな」 と、気軽な気持ちで接種を受けました。 集団接種では15分間の会場での待機が義務付けられており、私も接種後、指定された待機場所で坐っていたのですが、ほどなく体のあちらこちらから 「!」「!」「!」「なにこれ?」「なにこれ?」 なぜかそんな声が上がっているような気分に。 (子供みたいな表現で申し訳ないのですが、本当にそんな感じだっ

真夏の粉河寺【西国三十三所・第三番】

8月初旬、炎暑の下、西国第三番札所・粉河寺(和歌山県紀の川市)に参拝しました。 粉河寺にはすでに何度か足を運んでいるのですが、しばらく時間が経つと、 「またお参りに行こうかな」 そんな気持ちになるお寺さんです。 明るい夏空に建つ紅色の大門。桂の木で作られた大きな仁王像は迫力満点、両側から参拝者を見降ろしています。 仁王様は「寺院」の守護をしてくださるのだそうです。 鎌倉時代に隆盛を誇った粉河寺は、豊臣秀吉の兵により多くの伽藍を焼かれたため、広い境内には後の江戸時代、徳川幕