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02.ノスタルジア

私は友達が少ない。
予々口にしている言葉であって、事実なので気にしている訳ではないのだが。
小さい頃から女の子特有の"友達なら何でも話さなきゃいけない"文化が苦手、人に心を開くのが苦手、人間関係がまるで長続きしない。
そんなこんなで気が付けば23歳になっていた。

でも、少ないだけでいないわけじゃない。
むしろその数少ない友達はいつもあたたかく、明るい方へ導いてくれる。私より私のことをわかっていてくれて、私より私のことを好きでいてくれて、私より私のことを大事にしてくれる。

今日はそんな友達の話を、少し。

『ノスタルジア』という作品がある。
知っている人はほぼいないに等しいだろう。
それはそうだ、公演どころか公開もしていないんだから。

18歳の春、私たちは出会った。
専門学校の体験入学で出会い仲良くなった1人と、同じく専門学校の入学前オリエンテーションで隣の席だった1人。
きっかけはわからない。だけど気が付けば3人で撮る写真が増えていて、一緒にいた。
2人とも繊細で、脆くて、だけど強くて、
私はいつも彼女たちに助けられて守られて生きてきた。
学校帰り、みんなで遊んだ後。帰るのが寂しいと言えば、終電後に自転車でうちまで泊まりに来てくれた。
来月ディズニー行こうぜ、のノリから本当に翌月東京旅行に行ったりもした。
人に心も開けない、甘えるのは苦手なくせに寂しがり屋なめんどくさい私のことを散々甘やかしてくれた。

『ノスタルジア』はそんな彼女たちが書いてくれた作品だ。
3人とも好きだった某関西の某アイドルグループの曲名だった。
正直な話をすると、本当に申し訳ないけど、
私はこの脚本を書くにあたって一文字も協力した記憶がない。気がついたら2人が綴ってくれた言葉たちが出来上がっていた。はずなのだ。

というのも、完成した作品の主人公は等身大の私たち3人。
私が発する言葉、好きなもの、あまり口に出さない感情、いろんなものがそのままの私だった。
私は何も力になれていないのに、作品の中に今ここで生きている私がいた。
それは彼女たちが私のことをわかりきってくれていて、大事にしてくれているからできたことで。
私を思って怒ったり、私を見て微笑んだり、そんな2人の私に向けての愛情が詰まっている脚本は今もずっと私の宝物なんだ。

あれから4年の月日が経った今でも、私は『ノスタルジア』を読み返している。
そして毎回、泣いている。
作品の内容を通してここに書き綴りたいことは沢山あるけど、それをしないのはいつかこの作品を公演できることを信じているから。

それができたとき、あのシーンのここが、あの台詞が、って沢山綴れたらいいなって思います。

私は友達が少ない。
だけど、それでいい。

進んで、迷って、立ち止まるとき、
君の声が道標になる
連れてって、連れてって、夜明けの向こうで
出逢う"ひとつだけ"を信じてる

2人へ、
もし読んでたら、勝手に書いてごめんに🐰

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