なりたい顔のイメージなんかないけれど
こんにちはこんばんは!
「メイクでなりたい顔のイメージは?」と聞かれてこうだなあ、みたいなの、すぐ出てきますか?ちらっとみた本に書いてあったんですけど。
男女問わずです、無性さんも、どうですかね。
わたしは出てこないというか、なりたい顔とは一体…?と、世界が止まったように硬直してしまいます。
詰まるところ、メイクに違和感を感じて仕方ないんですよね。
どうにかして、メイクという現象の違和感を無くそうかと思ったことが何回かあります。
別に見てる分には、カラーパレットみたいで楽しいんですよね。化粧品売り場さん。アイシャドウとかかわいいじゃないですか。
テレビで見る人も、外で見る人とか、みんな何かしらしてるし、確かに華やかで綺麗だと思います。なりたい自分になるという手段の一つで、素敵だし、理解はしているつもりです。
ただ、それの世界がわたしはひたすらに窮屈に感じます。
居場所が悪いというか、怖いというかなんだろうか…。
身だしなみを整える、というのでそれなりにすることはあります。就活とか、ちょっと違和感ありすぎるな〜と思いつつ、なんだなんだ乗り切ってしまいましたし。
これは”外から見た貴方”、を整える目的が大きいかと思います。
どうして怖いのかな、と考えたときに、顔に何か塗るのが怖い!が答えなんじゃないかと思うわけです。
下地とファンデーションを塗った時、自分じゃない誰かになるような気がして、それが怖い。
他の人もそうです。素を知っていると、余計に。
つい先日、身内が机いっぱいに化粧品を整理していて、自分が使わないようなアイライナーやコンシーラーなどがいっぱい出てきて、軽くパニックで泣いてしまいました。
外に出るには、こんなにたくさんしなきゃいけないのかなーと。
そのくらい、何か自分の軸に関わる奇妙なもの扱いになっているようです。
ここで、最初の質問に戻ります。
「なりたい顔のイメージってなんですか?」
これは外から見た自分を整える点では同じですが、それに加えて”自分も美しくなろう!”という要素があると思います。自分磨きも兼ねてる感じ。
別に元の顔が不細工とか綺麗とか、そういうことではなく。
お肌に少し色を乗せて、肌の感じを整えて、目元にアクセントを乗せて…、目指したいイメージに近づけるって、ちょっと奇妙だなって思います。言葉がきついかな?
わたしからすれば、既に完成している素敵な家の色の壁に、雨で落ちる程度のペンキを毎日塗っているような、そんな感じになります。例がへた!
あのですね、している人が悪く見えているわけではないですよ!
むしろ、自分磨きするのは、体力気力と自己投資する勇気と諸々が必要ですから、素晴らしいことだと思います。自分を讃えてあげましょう。その色似合ってるね!
多分、家で言うところのリフォームとか、きっと周りの人はそういうイメージだと思うんですよね。よりよくしてあげる。だからメイク用品を前にした人は、そこはかとなくワクワクしている様に見えます。たのしそう。
本質はそこだろうし、これを奇妙と思うのが奇妙なんだとも思う。
とまあ色々言ってきましたが、ちょっと身の回りのことが不思議だな、ということを書いただけです。わざわざ書く理由は、なんか共感できた、と思える人がいたらそれでいいんです。
メイクの文化を無くしたい、とかそういう主張をしたいわけではないのでね。
ちなみに、わたしのあの質問の答えは、
「なりたいイメージなんかないけれど、いつも穏やかでかっこよくて元気で笑えているひとなので、振る舞いとかで表したいです!」
が今の答えです。出来ているかは別として!
こんなことを言ってますが、もしかしたら今後メイクにどハマりするかもしれないしね。
今のところは、この奇妙な気持ちとともに、街を歩いていろんな人とすれ違うんだと思います。
おわります!読んでいただきありがとうございました~!