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[小説]アウスの小宇宙

目を開けて最初に感じたことは、温もりも冷酷も感じられない微睡に似た感覚でした。ここがどこなのかについての疑問もなく、ただこの殺風景で静かな水底に似た光景を脳裏に映していました。
自身の身体は、さて人間に思えるほど完成されているわけではなく、左手に至ってはまだ細胞が身体を建てようと頑張って作っている途中のようにも感じられました。自身のすがたを客観的には見られませんが、ほかもきっと、同じような状態なのだろうと、勝手に思っていました。そして自身の周りには、途中で千切れてしまったリボンが、私を巻き付けるように浮いていて、その空気というのはどこか物憂げで寂しげな様子がただよっていました。
何もできまいと立ち尽くしていると、夜空に似た上空、その南のほうから、青白い流れ星が、無数の星の群れを引き連れて滑り降っていくのが見えました。星の群れはなんだか海中を泳いでいく鰯と似ていて、どこかの光を反射してスパンコールのようにもコインのようにも輝いていました。
「きれいだなあ」
自身がそうやって眺めていたすぐあとに、とし、とし、とし、とした軽い足音が近付いてくるのがわかりました。振り返ると、そこには自身と同じような姿をした短髪で可愛らしい身体が立っていて、自身に向けて小さな右手を振って挨拶を送っていました。
自身が同じように返すと、可愛らしい身体はミルクをこぼしたようなあの流れ星を見上げながら、どこか悲しそうに口を開けました。
「あのこたちは、ぶじに、つけるかしら」
その目は今にも泣きそうな、しかし、もういいよと諦めがついたような、そんな目でした。
「つけるって、それはなに?」
「あのほしはね、えらばれたこしかのることができないほしなのよ。そのほしにのれたこは、あたらしいせかいでいきていくことができるのよ」
「あたらしい、せかい?」
自身たち二人がそう言葉を交わしていると、星が流れていった方から、たったひとつ、追突するようなボコンという音が轟きました。それはそれひとつ鳴ったあと、ほかの星たちは弾かれて、各方向へと散らばっていました。
「あ、うまくいったみたいね」
可愛らしい身体はそう言って微笑んでいました。それと同時に、やっぱり、悲しそうな顔。
「ねぇ、いっしょにのりにいこうよ。のれるかもしれないよ」
自身は希望を微かに宿らせてそう言いました。しかし可愛らしい身体は俯いて、「そんなのできっこない」と言うような瞳で震えていました。
「どうしたの?いこうよ。きっとうまくいく…」
自身はいくらか言葉をかけてみましたが、それは全てうまくいくことなく、そればかりか可愛らしい身体の俯き具合をすすめるだけでした。
どうしたらいいのかわからずにいると、可愛らしい身体は周りで浮き踊っているリボンを少しすくって、自身に差し出してこう言いました。
「このりぼん、ちぎれてるでしょ?それは、かみさまがいちどあのほしにのせてくれたけど、きりはなされてしまったあかしなのよ」
「どういうこと?」
「わたしたちを、あたらしいせかいにうんでくれるはずだったひとが、みずから、きりはなしたのよ」
それが隠していた真実だったのでしょう。可愛らしい身体は目元を左手で隠すと、そのまま迷子になった小鳥のように泣き出しました。泣いているのに、なみだが上手く出せなくて、泣き声と滴が遅れていました。
「どうして、それをしってるの?」
「そのときね、ちょうどかみさまがいたの。そのときに、このことをおしえてくれて、いっしょにないてくれたのよ」
「どうして、かくしていたの?」
「ごめんなさい。はなすのが、こわかったの」
哭き続けるその声は、次第に大きくなっていき、気がつけばこの青黒い空を覆う音のひとつになっていました。
「じゃあ、もうぼくはうまれなおせないの?」
その問いかけに、哭きながら首を縦に振るばかりを見て、自身はもういてもいられなくなってしまいました。
そしていまだに散らばり続ける星が浮く空を思い切り見上げながら、未成熟の身体を大きくひろげ、自身の存在を見せつけながら、口を開けて震い叫んでいました。
"Mamma, nasci quoque volui."

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門

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