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私を形にする人

分かりやすく元気で分かりやすく元気がないってもしかしたら狡いことだったりするのかな・・・。


ホテルで2回目のシャワーを浴び、顔にかかった精子をアイメイクが取れない程度に流している最中に考えていた。古いホテルのようでシャワーの水圧を変えるたびに大きな音がする。トイレも古い型のようでウォシュレットのおしりのマークは剥がれかかっており、鏡に映った汗と唾液で化粧の剥がれた中年の自分と古びたホテルを重ね合わせた。


男性は部屋に入って早々に鞄の中から小さな紙袋を私に手渡してくれた。可愛らしい柄の紙袋。
きょとんとする私に男性がプレゼントだよ。と口に出して教えてくる。
開けてみると小さな箱に入ったチョコレートだった。


忙しい中、気を使って用意しておいてくれたのだと思うと途端に愛しい気持ちになる。いとも簡単に愛おしさに溢れてしまう単純な自分が嫌いではない。ここ最近分かりやすく元気がなかった私をこんな風に元気づけてくれるのね、この人って。



その上、私を形にしてくれる。



止まれない忙しい日常を過ごしていると私はまず自分を蔑ろにする。自分が頑張れば乗り越えられるといつもより頑張る。頑張った分、疲れる。
疲れと共に躰の形がまるでそこに無いかのような感覚になるのだ。


この日だって実は性欲なんて無かった。明日会おうね。なんて関係じゃないから元気だった時に予め予定を調整していたから会った。約束だから。


それでも男性が髪を撫で、頬に触れながら唇をこじ開けると負けじと舌を絡ませた。首筋や乳房をなぞられる度に自分の躰の形がそこにあることを感じて元通りになったような気持ちになる。正常位で必死に腰を振る男性の汗が私に滴ると日照り続きの作物に恵みの雨が降ってきたような気持ちになる。


私はこうして形になっていく。つかの間だけ夢中でセックスしながら元通りになってまた日常を過ごすのだ。


帰り際、男性は名残惜しさなどなく私を見送るわけでもなく駅の雑踏に消えていった。さっきまで腰を懸命に振っていた人。私は経験上これが最後かもしれないといつも考えてしまうのに、男性は会社の同僚とまた明日会うみたいな別れ方で帰っていく。


最後になんかなるわけない。まるでそんな未来を知っているかのように。



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