ショートショート(33話目)Sunday

日曜日、渋谷は人で溢れていた。

映画館を出た僕と尾藤優里は道玄坂から少し離れた路地裏の喫茶店に入った。

ドトールコーヒーの2倍ほどの値段がするアイスカフェオレを僕は頼み、尾藤は紅茶を注文した。


「前作はあんなに面白かったのになあ」と僕が言うと尾藤は

『もう1回見直したら、面白さがわかるかもね』と言った。

「映画の内容、理解できた?」

『ううん。ほとんど理解できなかったよ』

「だよなあ。なんか、ごめんな」

『え?なにが?』

「つまらない映画に誘っちゃって」

『ううん。そんなことないよ。すごく勉強になった』

「勉強?」

『うん。きっと、この監督は、承認欲求から解放されたんだと思う』

「どういうこと?」

『前作は大衆に迎合した感じがしたの。まあ、それがヒットした要因なんだろうけど。だけど、今作は自分が作りたいものを作ったっていう感じがしたの』

「今作は大衆を無視しすぎだよ」

『そうかもね。でも、分かってくれる人だけわかってくれればいいっていうのも、ありなんじゃないかな』

「そうかな?エンターテイメントとして公の場所でお金をとってる以上、大衆を無視しちゃいけないんじゃないかな?」

『うん。そういう意見もあると思う。でも』

「でも?」

『みんながいいっていう作品より、評価が分かれるような作品のほうが私は好きだな』

アイスカフェオレと紅茶が運ばれてくる。

僕はガムシロップをいれてストローでカフェオレをかきまぜた。

チリンチリンと、氷と氷がぶつかる音がする。

その音を聞いて、僕の気分は少し落ち着いた。


「尾藤は、大学どうするんだよ?」

『うん。全然決めてないけど、美大でも受けようかなって思ってる』

「そっか。尾藤は絵がうまいからな」

『相原は?』

「東大、早稲田、慶応、一橋。このあたりかな」

『そっか。相原は頭がいいからね』

尾藤は紅茶をコップに注いだ。

真夏なのに、温かい紅茶。

「せっかく渋谷まで来たんだし、いまからどこかいかないか?」

『うん。いいよ』

「そしたら、下北沢にでもいこうか?」

『うん』

僕と尾藤は外にでて、渋谷駅へと歩いた。

渋谷ほど慌ただしい街はない。

この街にくる人は、みんな喧騒が好きなのだと思う。


京王井の頭線に乗って下北沢駅についた僕らは、街を散策した。

アンダーグラウンドな街並みがどこか懐かしさを感じさせた。

買う気もないのに、僕らは古着屋に入った。

周りからみたら恋人同士にみえたかもしれない。


下北沢の街を歩いている途中、ふいに尾藤が立ち止まった。

僕が「どうした?」と聞くと、尾藤は建物を指さして『あそこ、いかない?』と言った。

尾藤が指をさしていたのは演劇場だった。

「演劇なんて、面白いのか?」

僕は演劇をみたことがなかった。

『私は、結構好きだよ』

尾藤がそういうので、僕は演劇をみることにした。


演劇の会場は古いビルの中にあって、舞台会場にはパイプ椅子が並べられているだけだった。埃の臭いがして、僕は少しだけ咽た。

「どうせなら、劇団四季とかを観に行ったほうがいいんじゃないか?」というと、尾藤は『私はこのくらいの規模でやってるほうが好きなの』と言った。

僕と尾藤は舞台の一番前の席に座った。
開演時間になっても観客は半分くらいしか埋まってなかったけど、演劇は予定時刻ちょうどに始まった。

目の前で繰り広げられる光景は、演技とは思えないほどリアルだった。

名もなき演者は、いつか売れることを夢見て、この舞台に立っているのだろう。

みんな、与えられた役割をしっかりと演じている。

途中、音楽が流れて、それにあわせて演者がみんなで踊るシーンがあった。

一体、どれくらいの時間練習すればこんなに合わせることができるのだろうと、僕は思った。

演劇が終わり、カーテンコールがはじまる。

僕は、立ち上がり精一杯手を叩いた。

手が痛くなるまで、精一杯、手を叩いた。

僕の目からは涙があふれていた。


~~~

帰りの電車の中で、僕は尾藤に「演劇って最高だな」と言った。

尾藤は『そうでしょ』と言って微笑んだ。


陽は傾いていた。

僕は今日、尾藤とつまらない映画を観て、それから値段が高いわりにそれほど美味しくない喫茶店でカフェオレを飲んで、下北沢でウインドウショッピングをして、演劇を観た。

いつか、今日のことを忘れる日がくるのかもしれないし、もしかしたらずっと忘れないのかもしれない。

尾藤の横顔が可愛くみえたことは、本人に伝えたほうがいいのだろうか。

そんなことを考えながら、日曜日は終わっていく。

















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