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菊姫が好き!【鶯谷萬屋】三代目・由起子さんの「菊姫」への愛情(鶯谷駅)

数ある酒屋さんの中でも、特定「推し酒」にこだわるお店を紹介する企画vol.3。今回は、石川県が誇る銘酒「菊姫」への想いがすごい酒屋さんがあると聞き、鶯谷は「鶯谷萬屋」さんへお邪魔しました。

昭和3年創業。地域の飲と食を支える萬屋

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JR鶯谷駅から徒歩5分。堅牢そうな建物に、重厚感のある看板が特徴です。

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「萬屋」というだけあり、品揃えはいろいろ。日本酒(左側の棚)、輸入ワイン(中央の棚)、そして食品(右側の棚)が並びます。

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(お弁当コーナー)
ふらっと入ってきたお客さん、「今日はお弁当の○○まだ残ってます?」「いや〜いま出ているぶんだけですね」とか、そういう会話がされます。地酒店というより、街の何でも屋さんです。

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(菊姫あった!)入り口のガラスに、菊姫の新聞広告の切り抜き。わざわざ切り抜いて貼るのはファンか親戚です。

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お店の奥に進むと…ありました。冷蔵庫2台ほぼ独占する菊姫棚。日本酒の冷蔵庫の半分近くが菊姫です。

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こちらが三代目店主の長由起子さんです。早速ですが、菊姫の取り扱いがすごいと噂を聞いておじゃましました!

「ええ、私は日本酒は、菊姫しかすすめたくないので」

え、一応、店内には他の銘柄も見えますが…

「飲食店さん向けですよ。飲食店さんはひとつの銘柄だけではやっていけないので。それと、先代からの取り扱い銘柄です。だけど私が売りたいのは菊姫です。うちは菊姫のすべての商品を扱っていますし、うちにしかない菊姫もあります。これまでのビンテージもそろえています」

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こちらが鶯谷萬屋限定の「うすにごり」。また、ビンテージは地下(現在入室限定中)に大量にストックしているそうです。一見、昔ながらの街の酒屋さんですが、大量の菊姫を保持する菊姫の館でした。

私がはじめて美味しいと感じたお酒は「菊姫」

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「うちの店と菊姫の付き合いは、父の代からですね。そのときは他の銘柄にも力を入れていたと思います。私、実は日本酒のこと全然わからなかったんですよ。就職でビールメーカーに入ったのですが、ビールの味もわからなかった。

酒屋を継ぐために、『お酒の勉強をしなきゃな』…と思って飲み始めて、私がはじめて美味しいと感じたのが『菊姫 加陽菊酒』でした」

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(一番左の青い文字の箱が「加陽菊酒」)

「なんだろう…これは『吟醸酒』なんですね。でも、『香りの華やかさ』が目立つ他の吟醸酒と違って、濃くて、しっかりしていて、味があるんです。それからですね、菊姫をどんどん好きになりました。

店の建物を建て替えたのが25年ほど前なのですが、そのときのお祝いにもこの加陽菊酒をいただきました」

菊姫の社長は、「名刺のいらない方」でした

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「菊姫の蔵にはじめてお邪魔したのは、まだ私が日本酒のことを全然しらなかった若い頃です。柳社長とお会いしたとき、あ、菊姫の蔵って部屋に囲炉裏があって、そこで座ってお話しました。

すごく緊張して正座していたら、柳社長は最初に『正座を崩しなさい』って。『足に神経がいったら、話を聞きにくいでしょう?』って、本当に穏やかに。

それで私、日本酒の知識もなかったのでいま思えば恥ずかしいようなこともたくさん聞いたんですよ。それにもひとつひとつ丁寧に応えてくれて、ああ、いい方だなって。恐いイメージがあったのですが、そのイメージがなくなりました

恐い、というイメージなのですね。

「菊姫の柳社長は、威厳というか、オーラがあるんです。目が大きくてすべて見透かされるというか。威張ってるとかではないんですよ、でも他の酒屋さんではいまも緊張するという人もいますし、父だって『どうしてお前は普通に会話できるんだ』と不思議がっていました。

でも、私にとって柳社長は、はじめて名刺の肩書きが不要で、平等に話してくれる方だと感じたんです。『わからないことがあればいつでもいらっしゃい』って言ってもらって、それから本当に毎年お邪魔するようになりました」

ほとんど、菊姫しか飲んでいません

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(お店にある立派な商品目録)

ここから由起子さんの菊姫愛が加速します。毎年蔵に通い、菊姫に興味のあるお客さんも引き連れて「菊姫合宿」のような活動も(自主的に)行うように。しかし、そこまで菊姫というひとつの銘柄に特化してしまって…酒屋さんとして大丈夫なのでしょうか。

「当時は『菊姫だけに頼った商売のやりかただとすぐに潰れる』っていう人もいました。でも、それから20〜30年残っている。まあ今はコロナでやばいですけど。なんだろう、単純に、私が一方的に菊姫を好きなんですよ」

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「菊姫のことは全部知りたいっていう感じです。だから、蔵に通って、蔵の人たちは全員知っているし、お米を作っている農家さんにも会えた。あ、菊姫は兵庫県の吉川ってところで山田錦を栽培していて※、田んぼの稲刈りも毎年参加しています」

※最高級酒米・山田錦の特産地の特に栽培に適しているとされる区画。兵庫県の蔵以外では菊姫が唯一ここのお米(村米)を使っている。

「あと、私、菊姫しか飲まないんですよ、日本酒はほとんど。

他がどうこうっていう話ではなく、私は私の思い込みで、菊姫が好きだからっていうことです。なんだろう、菊姫のお酒って、後に残らないんですよ、一升飲んでも。私、昔一升飲んでいたんですけどね、残らない」

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(一升=1.8ℓ飲む!)

「なんでだろう、お米が強いのかな。アルコール添加もあるので、それは関係ないです。とにかく、そうやって菊姫ばかり飲んでいるので味の変化はすぐにわかるし、どの商品についても説明できる。それが菊姫を好きな酒屋としての強みだと思っています」

由起子さんのもとに海外からも話が

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(お店の一角には、由起子さんが菊姫の農家さんを訪れたときの写真も)

菊姫を愛し、菊姫を誰よりも熟知する由起子さんのもとには、国内はもとより、海外からも「自分に売らせてくれ」という話が舞い込んでくることも多いそう。

「今、世界で日本酒がどんどん輸出されています。でも、中にはある蔵のお酒を一度だけ輸出し、次はまた別の蔵といったように、どんどん変えていく人もいて、私はそれだとダメだと思っています。せっかく酒蔵さんから貴重なお酒を預かったんなら、おいしいと感じてもらって、リピートしてもらう、それが理想じゃないですか。今、自分が売りたいものだけを売ろうという人は信用できません」

なぜ、どのように売りたいのか? 由起子さんは話を聞くだけでなく、現地まで飛び様子を観察、そして「このひとなら任せられる」と思った相手を菊姫の柳社長のもとへつれていく。これを蔵の取引先でしかないない由起子さんが行なっている。

「仕事じゃないです。菊姫を好きだから、勝手にやってるだけです」

現在、海外からのいくつかの商談が進んでいるそうです。

私を動かすのは、菊姫の「精神」です

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菊姫のビンテージが眠るという地下空間、見せていただきました。

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奥にずらりと並ぶのが、ビンテージの菊姫。これ以上のアップは「秘密の商品も多いのでNG」とのこと。

「ここでは、菊姫部※1のメンバーで飲み比べなどを行なっていました。奥に並ぶのが、菊姫のビンテージです。菊姫は立派な貯蔵庫を持っていて、ほとんど温度差のない環境で瓶詰め貯蔵※2するんですよ。だから、熟成しても古酒のように古い感じはなく、本当にきれいな味。常温に戻して飲むと、本当にふくよかになるんです。

※1 菊姫を愛する人たちによる、菊姫の勉強会を行う部活
※2 瓶につめた状態で、空気に触れさせず熟成すること

中には5万円くらいするのもあります。でも、これを飲むと納得できる。それだけの味わいです。最近、海外のオークションで何万円というお酒が売れているじゃないですか。それが悔しいんですよ。菊姫ならビンテージで、しっかりテイスティングもできて、最高の状態で出せる。絶対に菊姫の方が勝っているのにって!!!

だから、海外に売ろうとしている人たちには『どれだけ高値でもいい』と言っています。菊姫の熟成の価値を、伝えていかないと」

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(地下で貴重な菊姫ビンテージを説明する由起子さん)

最後に改めて、なぜ「菊姫」なのですか?

「……精神、なんですよ。
基本的に山田錦で、芯の強いお酒であること。流行にあわせて変わったお酒をつくったりしない、カプロン酸がはやってもしない、純米酒がはやってもアルコール添加の技術を守り続ける。本当はもっとたくさん、酒屋がいっちゃいけないことがあるのですが、私は菊姫のそういう精神が好きなんだと思います。

ちなみに、うちの店で一部の冷蔵庫が壊れた時に社長から電話がきて『うちのお酒は(強いから)大丈夫だから冷蔵庫から出し、別のお酒を優先して守れ」って、かっこよくないですか? そういうところも信頼できるんです。

私だけじゃなくって、菊姫を扱っている方のほとんどは、柳社長の人間性に惚れているところがありますよ。同じ菊姫ファンの同業者からよく聞きますもん「自分も菊姫だけで食っていきたいよ」って。

由起子さんおすすめの菊姫

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菊姫初心者におすすめの菊姫をいただきました。

左:菊(普通酒)「菊姫の軸となっているお酒で、カップ酒などもこれですね。大きく熟しているわけではなく飲みやすいです。ぬる燗がおいしいですよ

右:特選純米「私はいつもこれ、常温がいいですよ。ほら、出かけるときにそのままカバンにいれて持ち運んで、そのまま飲めます。おすすめです」

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(瓶を鞄にいれて持ち歩いている!)

由起子さん、ありがとうございました。
菊姫、おいしく常温でいただきます!


もちろん、お酒を飲みます。