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日本酒問屋の危機「日本酒を飲まない時代」に、あえて挑む新規事業「TASU⁺」

創業70年を超える酒問屋「日本酒類販売(日酒販)」。社員700名以上、全国に拠点をもつ、日本酒BtoBの大手企業です。

「問屋」という存在は、一般購入者からは見えない黒子的な存在です。そんな日酒販が、はじめて「小売・飲食業」に進出。東京・八重洲ミッドタウンに、ショップ・カフェ&バー「TASU⁺」をオープンしました。

なぜ老舗の大手酒問屋が、この時期、未経験の飲食業界にチャレンジしたのでしょうか。そこには「問屋の存在が不要になってきている」という強い危機感があったと言います。日酒販の橘髙さんに話を聞きました。

酒問屋は、時代遅れなのか

橘髙さん:私たちは長年、メーカーさん(酒造)と酒販店さん・飲食店さんをつなぐ、川上と川下の”中間”でビジネスをしてきました。もともと日本酒業界は、役割分担や互いの関係性が保たれていて、決まった相手以外との商売はほとんど発生しない世界でした。

しかし近年、日本酒業界のビジネスのあり方が大きく変化しています。

酒蔵さんは昔からの関係性ではなく、自分たちのお酒にあった専門的な売り方・管理をしてくれる酒販店さんとの直接つながるように。さらに消費者にダイレクトに販売するDtoCの取り組みも広がってきています。

橘髙功(きったか いさお)さん。日本酒類販売株式会社マーケティング部 課長 兼 新規事業課 課長

橘髙さん:私たち卸は長年かけて、酒蔵さんのお酒を大量に仕入れ、大きなスーパーや飲食店に流通させるという、大量流通の仕組みを構築してきました。しかし時代は変わり、厳しい販売条件を定める酒蔵さんが増えてきた。私たち問屋という存在の必要性が下がってきているのです。

──また、自らを見つめ直すと、業界の大手として慢心に近いものもあったと話します。

橘髙さん:変わろうとしている蔵元さんに対して自分たちはどうか。たとえば、昔みたいに簡単に商品のサンプルをもとめたり、安易に返品したり、今の時代に合っていないかつての姿勢が続いてしまっているのではないか。それによって、私たちの資産である「蔵元さんとの繋がり」が、薄くなってきているのではないか。

問屋は今、変わらなければいけない。流通の間でただ運ぶだけでなく、造り手と消費者をちゃんと繋ぐ存在にならなければいけない、そう考えました。

生存率、3年30%──危険な「飲食」の道へ

──2023年、東京駅近くの新名所「八重洲ミッドタウン」が開業しました。実はこの場所、日酒販の「創業の地」。日酒販は施設の共同オーナーの一社でもあるのです。

「新しい施設を使って、何かできないだろうか?」

そんな問いから議論がスタートし、「自分たちの店を出す」という事業案が生まれました。裏方として70年以上活動してきた日酒販にとって、思い切ったチャレンジのように思えます。

橘髙さん:突飛ですよね。これまで酒屋さんに卸していた身からすると、一気に2ステップ(卸→酒販→飲食)も消費者側にいきました。もちろん、誰も飲食の経験なんてありません。そもそも飲食業界は、生存率が非常に低い業界、茨の道であることは最初から見えていました。

それでも決行した理由は、気持ちの部分が大きいです。ずっとお酒を扱ってきた私たちは、やっぱり「飲み屋さん」が好きなんですよ。事業計画や戦略はいろいろありますが、これにつきます。

──問屋の飲食・小売進出。従来のビジネスの関係性を想像すると、お酒の卸していた酒販店や飲食店を飛び越えることにもなります。メーカーのD2Cは賞賛される一方、逆である流通企業の拡大は議論が起こりやすい中、どう整理しているのでしょうか。

日本酒やおつまみの購入も可能

橘髙さん:まず「お酒を販売する」点ですが、これは私たちが優位にならないよう「値下げ販売はしない」というルールをつくり、卸しているお店さんと公平性を保っています。

飲食店さんについては、現状は「競合」とすら見てもらえてないと感じています。これが100店舗も出すなどすると話は変わりますが、飲食店初心者の私たちが実験的に取り組む事業。飲食店さんに意識してもらえるようになれればうれしいといった段階のスタートです。

「変わらない方が楽」という伝統企業のジレンマ

──自分たちのお店を出す。新規事業案を立ち上げたものの、いざ仲間を募ると、手を挙げる人はごく少数だったといいます。

カウンターで飲みながら聞いてます

橘髙さん:私たち、特に営業は、従来の「サラリーマンらしい働き方」が染み付いていたんです。若い頃にたくさんの店を回って、いずれ有名な専門店さんやトラック数台持っているような販売店さんを担当し、いずれ全国にチェーンを持つような大きな取引先を持ち、そしてデスクワークに移る。

そのような仕事のメインルートから、飲食店という新規事業はすごく外れるように感じられるんですね。

また、店舗勤務するということは、働き方も大きく変わるということです。飲食店は夜遅くまで営業しますし、休日だってシフトで出勤することになる。これまで通り、決まった時間にデスクワークする方が楽ですよ。

それでも、従来の業務から飛び出して挑戦することは、今必要なことです。

会社にとってはもちろん、社員にとっても、たくさんのことを勉強でき、それは先のステップでも必ず生きるはず。そうした意思と想像力のある人たちが、今一緒に取り組んでくれています。

自ら店頭業務に移ったというTASU+の店長

「日本酒は飲まない」衝撃の調査結果

──「TASU+」は、カウンターと数席のテーブルからなる、カジュアルな雰囲気の空間です。バーテンダーがカクテルを提供してくれるなど、「老舗日本酒販売」から想像しそうな「渋い日本酒居酒屋」とは別世界。むしろ、あえて「らしさ」から離れようとしているようにも感じます。

TASU+のカウンター

橘髙さん:日本酒がどの程度飲まれているか、当社で調査を行いました。その結果、普段から日本酒を目的に飲み歩くような人は……100人に2人とか、それくらいのレベルだったんです。たとえ「飲食店に飲みに行く」という行動をとっても、日本酒を選ぶのは5回に1回程度でした。

私たちが思っている以上に、今、日本酒は選ばれていないんです。

加えて、私は50代なのですが、若い頃の日本酒のイメージは「大学の新歓でパック酒をバカみたいに飲み、悪酔いする」だったんですね。驚いたのですが、今の若い人も、ほぼ同じ経験をしていました。

20年以上、日本酒に対する「よくない原体験」は変わっていないのです。

──日本酒は飲まれない、日本酒に対するイメージもよくない。この現実と向き合って出した答えは、「入り口が日本酒・日本酒居酒屋ではダメ」ということでした。「造り手と消費者をつなげる」ことを目的とするTASU+は、多くの人がイメージする「和食」「魚」といった“日本酒らしい要素”を排除しました。

名物のキッシュ。脱・日本酒居酒屋を表すような一皿

橘髙さん:私たち日本酒業界の当事者は、もちろん日本酒が好きです。だからつい、世の中で日本酒が求められていると見誤りがちです。冷静に日本酒の現状と向き合うことが大事です。

──日本酒を看板に掲げてファンを集めるのではなく、「魅力のある場所」が先にあり、訪れた人の楽しみ方のひとつに「日本酒」がある。「TASU+」は消費者と日本酒の接点をうむ場所、を目指しているのです。

バーテンダーつくる変幻自在の日本酒カクテル

バーテンダーの山﨑友輔さんは、2022 Mr.SAKEグランプリ。

──「TASU+」では、日本酒はもちろん、ビールやウイスキー、サワー、そして「日本酒カクテル」などが楽しめます。ここからは少し、いただいたカクテルを紹介します。

和酒〜る(わしゅーる)

ビール×日本酒。日本酒の香りが加わり、クラフトビールのような味わいです。日本酒は白鶴酒造の「別鶴」シリーズ。ごくごくいけます。

和酒トニック

ジントニックの日本酒版。「松の寿」のカクテルに、きゅうりとミョウガ!さわやかです。和の食材ってカクテルに合うんだと初めて知りました。

また、「TASU+」のメニューに並ぶ日本酒は比較的「華やか」「きれい」が多く、販売数の多い大手酒蔵はさほど見られません。しかし、一部カクテルにはパック酒でお馴染みの「白鶴 まる」を使用するなど、日本酒ファンではない人に、クラシカルな日本酒のよさを伝えようとする意思も見えます。(ここでカクテル飲む人が、家にパック酒あることが想像つかない)

ただの「店」ではない「酒の体験スペース」

──連日、多くの(それも日本酒好きではなさそうな)お客さんで賑わう「TASU+」。開業から数ヶ月が経ちましたが、「新規事業」としての手応えはどうでしょう。

おまかせの飲み比べ。好みに応じて幅広いラインナップを提供してくれる

橘髙さん:正直、まだまだです。お店を運営するのに何にいくらお金がかかるのか、どんなことが起こるのか、ひとつひとつ体験している、というところです。

社内では「半年近く経ってまだバタバタしてるのか」っていう声もあるのですが…いやいや、70年も問屋一筋でやってきたでしょう、その歴史から見ると、半年なんてまだまだ発見だらけですよ、って思ってます。

それに、30坪の1店舗だけで、事業として十分な利益をあげるというのもなかなか難しいです。また、それ(店舗だけの売上の最大化)を目指す事業ではないと考えています。

──1つの店舗の売上だけが目的ではない。

橘髙さん:ええ、ここはただ商売する場所ではなく「酒蔵と消費者を繋ぐ場所」です。酒蔵さんのプロモーションにつなげたり、私たちのPB商品の訴求したりと、リアルな店舗だから利用できることがある。

料理とお酒が実際にある=体験できる空間として、提案や商談の場にもなります。このほか、イベントでの使用も予定していますし、今後さまざまな活用を広げていきたいです。

店頭ではスイーツとのペアリング提案も行われており、思わず買って帰りました。

──70年、日本酒業界の「裏方」として機能してきた日本酒類販売さんが、消費者と向き合い始めた「TASU+」。「リアルな体験」を武器に事業成長を狙う、壮大な実験場なのですね。

「TASU+」。日本酒カクテルからクラシカルな日本酒まで幅広いメニューと、ハードルを感じさせないカジュアルな料理。わいわい話しながら楽しむ(実際、今回そのようにお話を聞きました)のに素敵な場所です。

また、お邪魔させていただきます。

TASU+のアドバイザーを務める石渡英和さん(右)と



もちろん、お酒を飲みます。