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【北区・十条】女将が素敵な飲み屋をめぐる。コーヒー焼酎とからし焼き

知らない土地で、酒場を巡り、お酒をいただく。その町を知る先輩の助言を受けて、それを楽しむ。

今回の「●●町で呑む」は、東京・北区にある「十条」です。埼京線で、新宿から10分程度。隣の赤羽には行ったことがあるものの、途中にある十条で降りたことはありませんでした。

十条をこよなく愛する食ライター・編集者ふくいさん(@fukufukufuku_00)に教えてもらい、訪れました。

出会ったのは偶然にも「女将」が素敵なお店ばかりでした。

埼京線・十条。駅前周辺は再開発が進む

JR十条駅。読み方は「じゅーょー」なんですね。

駅を降りてまず目に映るのは、工事中のタワーマンションです。

十条駅周辺はこのタワマン建設をはじめ、区画整理も進む予定があるそう。この関係で、十条っ子御用達の名店・老舗にも閉店の波が来ており、いままさに飲み屋の生態系が変わっていく最中なのだそうです。

なんとなく「赤羽の隣だから、昼間からおじさんたちが転がっているような飲み屋街なんだろう」と思っていたのですが、全然きれいで落ち着いてます。近くに大学や高校などがあるためか、若い人々の姿が多く見られます。

ローカルグルメ「からし焼き」とビール

十条には「からし焼き」というローカルグルメがあると聞きました。散策の前にまずは食べることに。

「からし焼」を提供するお店は駅周辺に数店あるそうですが、今回はおすすめいただいた「大番」にお邪魔しました。

外見は昔ながらの佇まいですが、中は改装されたのか、比較的きれいです。女将さんがひとり、カウンターの中で忙しく動いています。写真に写るメニュー短冊のある向こう側が調理場。鍋を振る音が聞こえてきます。

大将がこんな感じで調理しています。じゅーという豪快な調理の音と共に、噂の「からし焼き」がやってきました。

……思った以上に「液」です。そして芥子色ではなく、赤です。
具材は豚バラと豆腐、その上にネギと、きゅうりも。ニンニクの香りがガツンときます。

食べると、おお甘辛。いや結構辛いです。(日によって辛さにばらつきがあると、後で教えてもらいました)。味がしっかり濃くて、ビールとあいます。むしろこれは白ごはん向き。液をごはんに染み込ませて食べたいです。

食べ進めると、ニンニクが丸ごとゴロゴロと出てきました。それは臭くてうまいはずです。名前から想像する「からしやき(芥子?焼き?)」とは全く違いましたが、中毒性が高く癖になる味です。

巨大な十条銀座商店街は、お惣菜がすごい

改めて十条駅に戻ると、目の前に巨大なアーケード「十条銀座」の入り口があります。

長い!

十条銀座商店街は「東京三大銀座」に数えられる巨大な商店街。全長は500m以上あり、200ものお店が並んでいるそう。

この商店街、「惣菜」のお店がとにかく多く、にぎわっています。

お店のジャンルも、お弁当からやきとり、なぜか多いハラルフード系(コミュニティがあるそうです)、韓国料理、焼肉と、バラバラ。でも、おしゃれな憩いのスペースではなく「うまい、やすい」お店がぎっしりと並びます。

行き交う人は、買い物袋をぶら下げた地元の人々。近所に住んでいたら絶対に買い歩きます。

商店と飲み屋、住宅の「密度」が高い

メインの商店街から通りを一本はいると、そこには「飲食店」や「住宅」が間髪入れずに並びます。

例えば、商店から少しはいった場所にある、立ち食いの焼き鳥屋さん
と思ったら住居

ここで、商店街のメインストリートを「1の層」とします。周辺にある飲食店たちを「2の層」。そして住居が並ぶ「3の層」。

十条は、これら3つの層が、めちゃくちゃ圧縮されています。

戦災の被害が少なく古い建物が多く残っている背景があるそうなのですが、それでも3つの層がもうミチミチにプレスされて一体になっている感じです。「住宅地にある隠れ家飲食店」というものはなく、一軒家の横に普通に焼き鳥屋さんがある、そんな光景が見られます。

こんなイメージ。層というより、パズルみたいに互いに噛み合ってます


そしてそれらが、遠慮するでも牽制するでもなく、平然とした様子で並んでいるのです。

例えば赤羽だと、もっとハードボイルドというか、大衆酒場以外は「脇役」に見えましたが、十条はフラット。懐が深いというか、「気にならない」性格の街だと感じられます。

ビリヤニ後で買って帰ろう


十条を代表する大衆酒場「斎藤酒場」へ

十条駅から徒歩1分ほど、十条銀座の脇にある老舗が「斎藤酒場」さん。1928年(昭和3年)に酒販店として創業した歴史あるお店です。

夕方早くからほぼ満席。大きな木のテーブルが並び、みんな「相席」で座ります。メニューは季節の野菜をはじめとする小料理と、日本酒をはじめとするお酒たち。趣ある店内をぐるりと見渡して、壁掛けの短冊メニューから選びます。

清酒は1杯230円。驚くほど安い。でもちゃんとおいしいです。
メニューには「樽酒」もあり、そちらは長野の「アルプス正宗」とのこと。

「こういうのがいい」の完成系のようなつまみです

長い歴史を持つ酒場の中には、ローカルルールが強くて、厳しい大将を中心に、殺伐とした空気のお店も多くあります。しかし斎藤酒場は、女将さん(3代目とのこと)を中心とした、和やかでソフトな雰囲気。

一見さんも常連さんも同じテーブルで詰めあって、このお店の雰囲気を楽しんでいます。年代物のポスターに相撲の番付表、夕方のテレビ番組などを眺めながらのんびりと過ごせます。

大衆&本格タイ居酒屋「タイ イサーン」

ここから、十条について教えてくれたグルメライターのふくいさんと合流。おすすめというタイ居酒屋「タイ イサーン」へ伺いました。

十条駅の北口、商店街からちょっと入った(先ほどの層でいうと2〜3が混じっている部分)路地にある、タイ料理の立ち飲み屋さんです。

席は大きなL字カウンターのみ、タイ人(おそらく)ママ2人が切り盛りしています。お酒は300円〜で料理も500円台が多数。注文はキャッシュオンで、目の前のザルにお金を入れておくと、料理やお酒を出すタイミングでお題を引いていってくれます。

知らないカタカナが並びます
マクアーパッガパオ(多分)
ハイサワーパクチーレモン。パクチーがそのまま入っていて、むしゃむしゃ食べながら飲みます。

異国の、特にアジアの味って、サワーとかそういうお酒がよく合います。湿気と熱気を、料理のスパイスとお酒の刺激で洗い落とす感覚です。

パクチーの上春巻き

本格的(おそらく)なタイ料理は、当然知らない味と食感で、食べるという行為自体がひとつの楽しい体験になります。そこにお酒がついてきて、リーズナブルであれこれと楽しめる。

ここはいいです。生活圏にあったら通いたいです。

店内には壁掛けのテレビがあり、カウンターに並ぶお客さんはお酒を飲みながらぼんやりテレビを見ます。注文が落ち着くとカウンター内のママ2人も一緒に視聴。

この日はたまたまクイズ番組をやっていて、正解を先に言い合うといった、すごい実家感(知らないけれど大家族の)を浴びながらお酒をいただきました。

タイ イサーンには日本酒もあり、その銘柄は「浦霞」。「私は日本酒飲まないけど、おいしいんでしょう? これ」とママ。そう、おいしいんですよこれ。そしてタイ料理ともよく合いました。

青森出身のママが営む「五九六三」

最後にもう一軒、日中に店の前を通って気になっていたお店にお邪魔しました。「五九六三(ごくろうさん)」です。ふくいさんも何度かお邪魔していたそうです。

青森県出身の女将がひとりでされています。お顔の写真撮影はNG。理由は「私は田舎の出だから『写真を撮られるのは悪いことをした時』なんです」とのこと。

その日にある料理を選ぶスタイル
「こまい」をいただきました。

お酒は瓶ビールや焼酎が中心(カウンターの外に冷蔵庫があるため、自分で取るシステム)。そしてあまり見かけない「コーヒー焼酎」があります。

焼酎のコーヒー割りかと思っていましたが、焼酎にコーヒー豆を浸してじっくり味を移した、特製のお酒とのこと。恐る恐る飲んでみましたが、とても滑らかで、想像以上に美味しいです。おかわりしたいくらい。

五九六三は、賑やかな十条銀座商店街メインストリート(1の層)の目の前にあるものの、ガヤガヤとした酒場ではなく、静かでゆったりした空気が流れます。

プロ野球の大ファンとのこと

声を張るのではなく、外の喧騒と比べてば「ひそひそ」くらいの落ち着いたボリュームで、思い出したみたいに会話が生まれます。

女将さんの好きなプロ野球の話(神宮に通っているそう)、足の調子が悪くて駅で転んでしまった話、コロナ禍の関係か、近くの好きだったお店がしまってしまった話。

決して明るく楽しいだけの話題ではないものの、「話せてよかった」「話してもらってよかった」と思えてきます。飲み屋さんでの会話は「内容」ではなく「話すという行為そのもの」が大切なんですね。

「ひとりで飲みに行く」というと、よほどのお酒好きだとみられる風潮がありますが、実はただ食べる・飲む以上に、カウンターを挟んで立つ女将さんの声を聞きにいっているんだな、と。コーヒー焼酎で酔っているのか覚醒しているのかわからない頭で、ふと合点がいきました。

十条には、マイペースでやさしい飲み屋さんがある

今回のお店がたまたまそうだったのかもしれませんが、十条の飲み屋さんはどこも「女将さん」が素敵でした。それが関係しているかはわかりませんが、初めて訪れた一見でもごく普通に迎え入れてくれて、普段通り、マイペースに接してくれます。

例えば、私の好きな大塚とか荒木町などの飲食店街は「大将の風味」が強い印象があります。求道者とまではいかなくても、大将のつくる味を求めていく、ちょっと真剣な飲み屋めぐりといったもの。

十条はそれとは少し違って、そんな町から「帰ってきた」ときに休みたくなるような、包容力があります。

たとえば子どもの頃、夏休みに親戚の家にいったとして、そこのおばさんが別におせっかいするでもなく、平然と一緒にご飯食べてくれる。そんな「近すぎない同族感」が心地いい町でした。

ふくいさん、素敵なお店をおしえてくださり、ありがとうございました。
コーヒー焼酎、おいしかったです。

ちなみにトップイメージは、銭湯・十條湯に併設の「喫茶 深海」にて。1989年の喫茶誕生時からあるというクリームソーダをいただきました。ここにもビールがありますので、風呂上がりから飲み歩く場合はぜひ。


もちろん、お酒を飲みます。