「千住かんのん(南千住)」看板のない日本酒専門店へ|人はお酒に出る!

完全紹介制、電話、住所非公開という、噂の日本酒の超隠れ家におじゃましてきました。こだまさん、紹介いただきありがとうございます!

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隠れ家、というか人の家

お店に電話はなし。看板もなし。webのどこを探しても住所すら見つからない。ではどうやって行くかというと、予約の時に店長から「見つけ方」なる指示をいただくのです。
「駅を出て●●を直進し、●●屋さんの角をすすみ、●●の看板を…」
といった具合に。今でこそ初めての場所にはスマホでいけるけど、昔はこんな風に「目印」で街を歩くことあったなぁ…と思いながら住宅地を歩くこと5分。指定の場所は民家。隠れるとかいうより、人の家。
店長の横山さんは「ひとりでやっているものですから、ふらりとお客さんが入ってこないように」と話しますが、ここはまずたどり着けません。

隠れすぎているカウンターのみの超プライベート空間

店内はカウンター6席のみ。しかも本日は僕たち1組のみ。スタッフは店主であり、料理長であり、お酒番でもある横山さんだけ。両手がふさがっているものだから、BGMに対して「アレクサ、ボリューム下げて」なんて光景もみられてすこしほっこりします。
料理はその日の食材を使ったコース。お酒は黒板に20種類程度がかかれており、主に「冷酒」「常温(熱燗がおすすめ)」の2分類。半合500円〜という親しみやすい設定もうれしい。もともとは1人1万円コースだけだったそうですが、今年からカジュアルな方にシフトしたそうです。

思わずニヤリとしてしまう、お酒のチョイスがすごい

和主体の料理も本当に素敵なのですが、この記事ではお酒メインで紹介します。いいなーと感じたのは、横山さんの出すお酒のチョイス。2名で訪れて、基本的には料理に合うお酒(&好み)でおまかせしたのですが、これがどれもよい。
間違いなくおいしいのは当然、料理との相性もいい、さらに「これ知ってた?」というような発見もある。店主の感性、個性がビシビシ伝わってきました。「酒は造り手に似る」というのは聞いたことがありますが、「提供者にも似る」ことがあるのだと感じました。

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流行りのきれいめ。ピチピチの新酒がいい。

たとえばスタートはすっきり軽やかな2つ。屋守と水府自慢という、フレッシュでかすかに発泡を感じられる新酒。乾杯酒にいいし、優しい前菜にぴったり。屋守のほうはおりがあり、まろやかな印象。水府自慢はよりきりりとした甘みと切れがありました。どちらも絶対外さない、けれどなかなか見ない組み合わせ。

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最初の料理はこんな感じ。カブとムール貝のお吸い物(貝の塩味があるため、味付けはないそうです)。右側の顔は酒器。飲むと目が合います。

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こんな宝剣みたことない

続いては鶴齢と宝剣。人気銘柄のひとつですが、このラベルは初めて。聞くと地元限定の「昔のラベル」だそう。透明感とかすかな旨み、甘みが織りなすバランスはさすが宝剣です。これはずっと飲める。

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そして料理はタコとあん肝。タコは店長の横山さんがただただタコを叩きまくってやわらかくしているらしい。手間のかいあり、さくりと口のなかでほぐれる。そこにお酒が入るという塩梅です。

遺産レベルの燗酒から考える日本酒の多様性

後半は徐々に温かいものになり、お酒も常温、おかんに。ここからが千住かんのんさんの真骨頂だと、僕は勝手に思います。

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店主が愛する「人を選ぶ」お酒

横山さんが大好きな、だけど人を選ぶお酒としていただいたのがこの「小松人」。「もう本当に草みたいな匂いがするからね、飲みづらいです。でも、僕はすごくすき」

そんな風に言われたら、飲まずにはいられない。穀物由来の香り(新酒の基準でいうとオフフレーバーになる?)、口の中で複雑に重なる旨み、甘み、苦味といったいくつもの情報が「ごちゃっ」って塊になっています。読み解くのに体力が必要な、常温なら2、3口で十分という重さです。
しかし、これをお燗にするとガチガチの情報量の糸がゆるゆるよほどけていくから不思議。焼き魚と一緒に口にいれると、魚の淡白さ、塩分がお酒の情報量ときれいに絡み合う。口内調理というべきか、個性的すぎるお酒が最高のに引き立て役になります。

「有名なお酒ですか?」と聞いてみると、
「いや、ほとんど知られていません」とのこと。
「今、日本酒蔵はどんどん設備にも力を入れているでしょう。するとどうしてもきれいになっちゃうんですよね。だから、こういった無名の面白いお酒を見つけるとつい買っちゃうんですよ」

近年日本酒ブームできれいなお酒が増え、また世代交代によって蔵が若返り、新しく高性能な設備が導入されるなか、どんどん日本酒が綺麗になってます。さらに様々なコンペティションで「よい味とは」という方向が見えてきたり、世界輸出を睨んで受けやすい酒質を目指す流れがあります。
これは本当にいいことだと思いますが、一方で「受けにくい」「賞を取りにくい」ようなお酒が淘汰されていく気もして、それはそれでもったいないようにも思えます。まあ、では自分がどの割合でお酒を買うかというと、個性が強くて飲み方に工夫がいるようなものは5本に1程度。難しいお酒こそ店主のような「プロの技」で楽しみたいというのが本音です。
残って欲しい、けど業界は進化してほしい。飲み手のわがままだけど、10年、20年後、ワイン界のナチュールのように、自由なお酒も盛り返してきてほしいと期待せずにはいられません。

どこまでもフラットな横山さんのお酒ワールド

と、クラシカルな日本酒話の最中、横山さんが連れに出してくれたのが、なんと十四代!

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華やかなタイプのお酒って食事のど頭にくるもんとばかり思っていたから、後半に出てくるとは想像すらしていませんでした。超マイナーな燗酒と、吟醸界のトップに君臨する十四代が並んでしまうとは…。しかしこれも料理としっかり合うから不思議。十四代って、食中酒にもいけるんですね。すごいです。

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「フレー!」という声援を冠した「冨玲」

こちらには平成21年のものと27年のものがありましたが、横山さん曰く「27年のものはだんだん綺麗になっている。かといって21年のものは熟成で個性丸くなっている」だそう。熟成で丸くなるのはいいことのはずだけど、その前の「飲みにくい!!」感じもがよいのだそう。ある特定の時期、特定のお酒でしか味わえない魅力があるといいます。

いいなぁと思ったのは、横山さんがどこまでもフラットな目線で日本酒と接していること。クラシカルなお酒と同列に、新政、而今などの超人気銘柄についての話題も出てくるし、おもしろい地酒屋さんや飲食店情報、さらにどこそこの蔵の桶売り情報なども。それらに対してどれを批判するわけでも推すわけでもなく、すべて「日本酒の魅力のひとつ」として話しているのです。

2時間以上お邪魔していたのですが、ほぼお酒とその周辺のお話で、ご自身のお店ことは皆無。しかしお酒と料理で、お酒への愛とこだわりがびしびしと伝ってきます。

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カニの旨味たっぷり茶碗蒸し。これが十四代に合うからすごい

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フレー!は牡蠣ご飯ととっても合う

おいしい料理と、それに寄り添う自由なお酒ワールド。
横山さんという「人」の空間を堪能させていただきました。

ごちそうさまでした。また、お邪魔させていただきます。


もちろん、お酒を飲みます。