回文ショートショート 死の焚き火
●回文
死の焚き火、木を燃やすやも、置き引き楽し
●書き下し
しのたきびきを(お)もやす
やもお(を)きびきたのし
●解説
どうしてこんな風ににっちもさっちもいかなくなってしまったのか分からない。どこかのタイミングで道を踏み外してしまった、そのことだけが感じられる。
もともと要領が悪かった。両親は普通だったが、なぜか普通の職にもありつけず、食い詰めて、置き引きのような犯罪に手を染めてしまった。それくらいしかできることがなかったのは確かだが、それでも置き引きが上手くいくと、体の底から喜びが湧いてくるのだった。スリルの果てに生が感じられた。
しかし、しくじった。電車の中で、いつものように、そこそこ良さげなアタッシュケースを置き引きしたのだが、それがかなりやばい代物で、ヤクザとかも絡む政治的裏取引のマネー入りアタッシュケースだったのだ。
街に居られなくなり北へ逃げた俺は追跡を避けるために雪山に逃げ込んだ。しかし、南国育ちの俺が冬山の恐ろしさを全く理解していなかったことは致命的だった。夜の山、今、吐くツバも瞬間で凍る氷点下何十度という極限状態にある。手足が完全に麻痺して、今すぐ火を起こして体を温めないと死ぬ、というところまできている。
だが、追手の松明が尾根の向こうに見えてきた。焚き火を焚けばその灯りで居場所がバレる。しかし火を起こさねば凍傷もしくは凍え死に、というのは火を見るより明らか。
今、木を燃やすやもしれぬ自分にとって、その焚き火は死そのものなのだ。
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