見出し画像

高齢の両親との旅

 母親の誕生日ということもあり、熱海に1泊で家族旅行に出かけた。私個人は月に1度、併設されている日帰り温泉に行くし、コロナ禍でもおひとり様旅で来ていたが、両親とは数年前に一度行って以来となる。熱海の温泉の良さを両親にも味わって欲しかった。

 私と両親は普段は一緒に住んでいないので、今回の旅はとても楽しみにしていた。しかし、実際に行ってみると、数年で両親の老いの進みが激しく、普段から高齢者相手の仕事をしている私でもちょっとヘトヘトになってしまった。

 父親は手術歴が多く、多分ロボットじゃないかと思うくらいである。まだ会社員だった頃、労災で左上肢だけで13箇所骨折しボルトだかチタンが入っているし、白内障の眼内レンズ、人工関節などなど。胆嚢も摘出している。腰も手術している。膝が悪いので杖をついている。しかし、腰もだいぶきてるようで、ロボットにしても油が切れてるような動きだった。父の歩きに付き添うと後ろの人がつっかえてしまうのでホテルの廊下やエレベーターでは何度か止まって先に他のお客さんをお通ししなければならなかった。

 母はいつもそんな父の通院に付き添っているが、割と先を歩いてしまう。すぐに父が5mくらい置いてけぼりになってしまう。母に付き添いは本人に寄り添うか、半歩後ろ辺りにいて、本人の前に危険がないかなどを見ないと後ろで倒れている恐れがあると指導したが、旅行という非日常でテンションが狂い気味であまりちゃんと聞いてもらえなかった。

 夕飯の席は事前にお願いして、あまり真ん中だと多くの人と接触してインフルエンザなどに罹るかもしれないので窓際にしていただいたが、物によっては私が取りに行かなければならなかったし、狭いビュッフェ会場を出て行く時も杖歩行で目の悪い父が他の食べ物を持った人にぶつからないように細心の注意を払って誘導した。

 以前は温泉だというと喜んで、1日に何度も入りに行った両親だが、父は飲酒をしたこともあり1度しか入らず、母も2度しか入らなかった。私はサウナもあるし4度入った。

 ずっとそんな感じで気を張っていたのと、普段、人と暮らしていないので私も疲れてしまった。そして両親が思った以上に老いていることを自分が受け入れられていないことに気づいた。

 父は私の車の後部座席に座ったが、毎回自分でシートベルトがつけられなかった。シートベルトのメスの方がどこにあるか分からないという。持っているのにカチャッとできない。おそらく黄斑変性症の影響で視野に入っていなかったり、体が硬くて体側にあるシートベルトのメスに入れることすら難しんだろう。その度に助手席にいる母に「あんたやってやってよ」と言われ、もうエンジンまでかけているのに降りて、後部座席に行って閉めてあげなければならない。父は週に1度通所リハビリに通っているので、私が降りてシートベルトをやってあげるたびに「リハビリの車の時は向こうの人がつけてくれるんだよ」という。
せっかくの旅行なのであまり言いたくなかったが3回4回と同じことになり、私は

「あのさ、申し訳ないけど私はリハビリの送迎車の人じゃないから」

とついに言ってしまった。父はヘラヘラしていたが、多分聞こえていなかったんだと思う。年齢相応の耳の機能だ。

 今回の旅行を考えた時、なるべく風呂付きの部屋のある宿泊施設も探したが、3人で行くと月給が飛ぶほどのところばかりだし、小洒落た料理より、お腹いっぱい食べてほしくて自分のお気に入りの所を選んだ。もちろん、このホテルにもそういうフロアはあるが、手は出せなかった。自分の甲斐性のなさも悔しかった。母は先に歩いてしまう割には、食事の席は必ず父の横に座った。父の世話は私だという正義漢が彼女の生きる糧なのだろう。そんなにしなくても父は自分で箸でご飯も食べられるし、歩くのが不自由でも私が普段の仕事で見ている人たちよりずっとできるのに、食器の位置を都度変えてあげたり、これ食べな、あれ食べなと勧めたり、普段きくと面倒だのなんだの言っていたが娘にすらそのお節介ポジションを譲らなかった。

 帰宅して24時間以上が経った。久しぶりに往復の長距離運転(一人の時は公共交通機関で行く)と気疲れか、温泉に行ったのに今日は肩も腰も痛くて、首が右に動かない。もしかしたら家族3人揃っての旅はこれが最後だったかもしれないと思うと、もっとおおらかに構えればよかったとか、母が非日常に行くとちょっと舞いあがっちゃうのも、父が動きが悪いのも計算内だったはずなのに上手く振る舞えなかった自分が悔しくてどうしようもなくて。クサクサした気持ちを少しでもなんとかしたくて髪を切った。

 ただ、スマホの写真を見たら、たくさんの食べ物を前に肩を寄せ合い笑っている両親の姿があった。少しでも楽しい時間があったのかなと願ってやまない。母から今日、LINEで「またお願いしますね」とメッセージが来た。「冗談じゃないよ」と言いながら私は泣き笑いしている。