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憂鬱とハローセプテンバー

syrup16gのCOPYを聴いていた。ひとりでぐるぐるぐるぐるいろんなことを考えていた。だんだんとどうしていいか分からなくなってきて真夜中、思わず外に飛び出した。スマホをポケットに入れてイヤホンはつけたまま適当なサンダルをつっかけて、玄関のドアを開けた瞬間、月の白い光に照らされた。まるでもなくて半分でもない形の月が綺麗だった。
自転車に乗って町内をぐるぐるまわった。夜に出歩くことがあまりないから今まで知らなかったのだけど、この町は街灯がやけに多い。街灯がなければ、光の少ない田舎のことだからきっと星や月が綺麗に見えるだろうに、街灯の人工的な寂しくて強い光が人のいない道路を照らし続けていた。嫌だと思った。この町は嫌いだ。
自転車を漕いでいてうける風がもう夏のものではなかったから、そっか9月だもんねって気がついた。いつのまにか高校3年生の夏は過ぎ去っていて、わたしは今日もひとりで、しようもない自意識ばかりが肥大して、くるしい。あと数ヶ月もすればわたしは18歳になって、周りのみんなはどんどん進路を決めて前に進んでいって、じゃあわたしはどうすればいいんだろう。大人になるってどういうことなんだろう。
わたしは、負のエネルギーが強い人間だと思う。周りの人よりも卑屈で暗くて悲観的。そういうところを自分のアイデンティティーだと思ってしまってもいる。この悲しさや苦しさや痛みを手放してしあわせになることに何の意味があるんだろうって17歳の今のわたしは本気で思ってて、でもじゃあこのままでしあわせになれると思うの?しあわせって何? どうやって生きることがわたしのしあわせなのか見当もつかなくて、あまりに若くて青い自分が恥ずかしい。

昨日、電車で2年前に付き合っていた男の子を見かけた。家はすぐ近くなのに別れてからは一度も会っていなかった。きっと塾の帰りだったんだと思う。友達と楽しそうに何かを話していて、その友達が電車を降りてからは参考書を読んでいた。彼はきっと、2年前と変わらないままに真面目で明るい。未来に向かって正当に努力を重ねているんだと思う。眩しくて仕方がなかった。
あのころ彼と一緒に過ごすのは楽しかったけど、しにたいって思ったことがない人と分かり合えるわけないってずっと思っていた。神聖かまってちゃんを聴かない人と分かり合えるわけがないってずっと思っていた。そういう自意識に雁字搦めになって抜け出せなかった。2年経った今だって何も変わっていない。お前らにわたしのことが分かってたまるか、みたいな感情を汚く燻らせながら教室で下を向いている。こんなわたしがこれからどうやって大人になるんだろう。

もう本当にどうしていいか分からない。こんなことを書いてどうしたいのかも分からない。わたしごとぜんぶ爆発しちゃえばいいのに。誰か壊してください。


わたしは、どこへも行けないし、どこへでも行けると思う。何にもできないし、何でもできる。何にもなれないし、何にだってなれる。だからくるしい。可能性はひかりかがやくけど、わたし自身は黒くて小さくてみじめ。夏を抜け出した今、向かう先が分からない。
ハローセプテンバー、ただ醜いだけのわたしが息をしている。











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