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パリ、ル・ヴァロワ地区のプチホテル

そのエリアはパリの北西部にある。シャンゼリゼ通りや凱旋門があるパリ市中心部までバスで20分ほどと比較的便利なところに位置しながらも、落ち着いた郊外のエリアだ。その閑静な住宅街の一角にあるのが、「ホテル・ハッピーカルチャー」だ。青い壁が目印のプチホテル。フロントは通りから入ってすぐ、入口近くの小さなデスク。そこに立つのは笑顔がとびきり明るい、金髪の女性。名前は聞きそびれてしまった。

「ボンジュール、ボンジュール!」

目が合うと彼女は決まって2回言う。心からの笑顔で。その笑顔は物語る。彼女が心からこの仕事を楽しんでいることを。

英語も流暢な彼女は、アメリカ人の団体観光客、といってもプチホテルなのでせいぜい3,4人連れのグループなのだが、これまたとびきりの笑顔を浮かべながら、Wifiのパスワード、ウォーターサーバーの場所、朝食会場など説明する。

楽しそうに仕事をする人たち。わたしがパリに来て驚いたのがまずそれだった。

日本はどんなサービスも行き届いていて、客もそれを当たり前に享受している。サービスの提供者も、もちろん笑顔を浮かべている。でもそこに心からの笑顔を感じたことはほとんどない。どこかよそいき。きっとわたしが仕事をしているときもそうだろう。

ハッピーカルチャーのフロントで見た彼女が浮かべていたのは、一点の曇りもない、きっぱり晴れた青空のような笑顔だった。バカンス初日に真っ青なビーチを視界に入れ目を細める人のような。

もちろん表情に出てしまう国民性なものだから、退屈なときはさも退屈、って顔をして仕事をしている人もたくさんいる。同じくハッピーカルチャーのおもに夜勤を担当していたエリックがそうだった。きちんと退屈、って顔に書いてる日もあったし、疲れた、って書いてある日もあった。

大変なんだよ~、階段のぼったりおりたりさ。
ウォーターサーバーの水を抱えて地下から出てきたときには、客である私たちにそんなふうに言って苦笑いをしてみせた。そんなエリックは客である私たちを心配し、親切にしてくれるときは、心から優しい顔をした。

彼らは仕事と人生を切り離していないのだろう。ありのままの自分で仕事をしているのだ。ありのままの自分が選んで、なじんで、自分のものにしている。

フロントの彼女が、わたしがチェックアウトの日捨てた壊れた炊飯器(処理代としてチップ5ユーロを添えて)を大事に抱えてもってきて、「これはほんとうにごみなの?」と心配そうにわたしの顔をのぞきこんでくれたことを、つい昨日のことのように思い出す。


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