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蟹男 6話目


玄関先でソウは、「行ってきまーすっ」と元気に発した。

それにソレさんが「いってらっしゃい」と返す。

つづいて、ソレさんは、僕の方に目を移して「いってらっしゃい」と言ってくれた。

僕は慌てて「あっ、いってきます」と返した。

そんな僕を見て、ソレさんは「大丈夫よ」と、ほほえみかけてくれた。

僕が少しこわばってることに気づいて、心くばりをしてくれたのだ。

緊張を隠していたつもりだったが、顔に出ていたのかもしれない。

僕にとっては、初めての、異世界での外出なのだ。

ちょっと外出するだけなのに、緊張しているなんて、情けない。

ここから旅が始まる訳でもあるまいし。

ましてや、この世界に魔王がいて、その旅の先々で、手先が暴れまわってる訳でもないだろう。

ソウの叔父さんの家へ行くだけだ。

そして、叔父さんの家はおそらく近所だろう。

このハーフリングの村から出ることはない。

たぶん···

「ソウの叔父さんのところって近い?」

僕は、前を歩くソウにたずねた。

「すぐだよ」と、ソウ。

念のために、これも聞いておこう。

「この世界ってさあ···魔王っていないよね?」

僕は、魔王の存在を確かめる問い掛けを、まったく照れずにすることは、できなかった。

ソウは「魔王ってなに?」と、聞き返してきた。

あらためて考えてみると、魔王ってなんだ?

「えーと、たくさんの魔物をしたがえて世界征服しようとしているやつだよ」

『魔王』が正しくなんなのかは知らない。

けれど、僕がさっき思い浮かべた魔王を説明するとこうなる。

「世界征服w」と、ソウはウケた。

たしかに、世界征服は荒唐無稽だ。

だから僕も、照れてしまったのだけど。

しかし、僕のなかで少し前までは、ハーフリングやエルフのいる世界だって等しく荒唐無稽な話だったんだ···

あっ!

きのう寝る前に、ソウに聞こうと決めたことを思い出した。

僕はさっそく、「神様はいるの?」とソウに聞いた。

「当たりまえじゃんw」

ソウは、世界征服につづいて、これにもウケた。

そして、「いなかったら、世界があるわけないじゃん」と、多少あきれた。

いてもおかしくないとは思ったけど、実際に『神様がいる』と聞いたら、衝撃をうけた。

僕は、なにも応えることを思いつけず、いびつな笑顔だけを、ソウに返す。

世界があることと、神様がいることがイコールなのか····


「おはようございますっ」

衝撃を受けていたところに、ソウの突然のあいさつで、ビクッとしてしまった。

ソウが挨拶したほうへ目をやる。

ハーフリングだ。

「おはよう、ソウ」

家の前で、洗濯ロープに洗濯物を干している、中年女性のハーフリングが、ソウにあいさつを返した。

そして僕と目を合わせて、「あんた、きのう倒れてた···」

「にんげんっ」

ソウが言い足すように、僕の種族名を、女性へおしえた。

「にんげんの···」と、おばさんは再び言いよどむ。

「サアっ」

ソウが今度は、僕の名前をおしえた。

「サアさん。もう歩いても大丈夫なの?」

「ありがとうございます。もう大丈夫です」と僕は答えた。

おばさんは「そうかい」と、笑顔で返してくれた。

それからおばさんは、ソウへ「村の案内してるの?」と聞いた。

ソウは、「ちがうよ。叔父さんとこ行くんだ」と返した。

そして「じゃあねー」と、おばさんに手を振って、ふたたび歩きだす。

僕はおばさんに、ペコッと頭を下げて、ソウについていった。

はじめて、ソウたち以外との接触だ。

まあ、大丈夫だった。

少なくともこの村にいる限り、心配はない気がした。


この村は、どのくらいの広さなんだろう。

ソウの家から、さっきのおばさんの家までは、5分くらいか。

5分もかかってないかな。

こんな調子で、民家と民家は、まあまあ離れているのかな····

と、考えながら、まわりを見渡していたら、ある方向の空が、おかしかった気がして、見直した。

いわゆる二度見というやつだ。

見直しても、それが何であるのか全然理解できない。

頭はエラーを起こしてしまったように、答えにたどり着いてくれない。

あせって「ソウっあれ何っ!?」と、僕は聞いた。

「えっ?」と、ソウは、僕の指差すほうを見た。

ユグドラシルだよ」と、ソウはこたえた。

「·····あっ!そうかっ」

自分が見ているものと、『ユグドラシル』という言葉が結びつくのに、時間がかかった。

あっちが、東西南北のどれにあたるかわからないけど、ユグドラシルのあるほうの空は、一面がほぼ、うす茶色の壁なのだ。

岩肌のような陰影が確認できるけれど、全体は白んで、ぼやけている。

新幹線のなかから、ながめる富士山のように、遠くにある巨大なものが、白んでみえるアレだ。

ユグドラシルとは、巨大な木だ。

地球は球形だけれども、たぶんこの世界は、平らな円だ。

で、ユグドラシルという巨木が、その円形の世界をつらぬき、ささえている。


いろいろとマイナーチェンジしてあるが、ここは北欧神話の世界にまちがいない。

マイナーチェンジという表現は、おかしいか。

きっと、この世界がオリジナルだろう。

だとしたら、マイナーチェンジされているのは、僕の世界の北欧神話にかかわる諸説のほうか。


たしか北欧神話だと、空は巨人の頭蓋骨で、できていたはず···

この空が?

見た感じ、僕の世界の空とかわらない。

あの太陽は、頭蓋骨の内側にあるってこと?


いやだから、いま自分で、僕の世界の北欧神話の説が、マイナーチェンジされたものかもしれないって、思ったじゃん。

それをもとに、この世界のことを考えても意味ないよな···

でも、僕の世界で仕入れた知識から、僕はこの世界を北欧神話の世界って判断したんじゃないか···

ってことは、その判断も疑わしいのか?


僕は、ぐるぐると考えがめぐって、無口になった。


左右交互に入れかわる、前を進むソウのかかと。

それを視界にぼんやりとらえて、自動追尾のように、あとを追う。


そう言えば、ソウって歩くの遅くないな。

ハーフリングは、歩幅もせまいだろうと、歩くスピードに気をつかうつもりでいたけど···

僕の思考は定まらず、あっちこっちへ移っていった。

いろいろありすぎて、考えるべきことの優先順位がつかない。


「着いたよっ」

ソウが言った。


その声を合図にした催眠術だったかのように、節操なくとっ散らかった思考はとまった。


ソウのかかとから照準をはずし、視線を前へもどす。

家だ。

ソウの家より、古めかしい。


〈つづく〉

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