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蟹男 3話目

まさか、はじめての失神と二度目の失神を同じ日にするとは、思ってもみなかった。

失神癖なんてものがあるかは知らないけれど、あるならそんな癖がついてなければいいのだけれど···


僕をここまで運ぶのには、そうとう往生したらしい。

ここには、僕に対応したサイズのものがない。

ベッドをふたつくっつけてならべ、僕はそこへ斜線状に寝かされていた。

おとな数人がかりで、僕を荷車にのせて、馬に引かせたようだ。

多分この例えは失礼なんだろうけど、子供が意識のない大人を運ぶようなものなのだから、そりゃあ大変だ。


さらに、荷車からセッティングしたベッドへ運んでくれたのだ。

僕だったら、ベッドを動かすのすら面倒で、得体の知れない者などほうっておく。

しかし、そんなやさしい人達の存在を、僕はまだうまく呑み込めずにいる。

目の前にいて、実際にうごいて、彼等の生活感がなまなましくある住居のなかに、自分がいるのにだ。

彼ら全員が、身長は僕の2/3程度。

ファンタジーに出てくるハーフリングだ。

心持ち幼児体型だが、そまま縮尺した人間といって、さしつかえない。

いまは、彼等の食事をごちそうになっている。

「たくさん食べて英気を養なわなくっちゃねっ」

ハーフリングの少年の母親と思われる女性がいってくれた。

おそらく彼女は、僕がぶっ倒れたことを少年からきいて、心配してくれている。

「お口にあうかは、わからないけど」

と、言いたし彼女は笑う。

彼女のしゃべりかたは、言葉の内容に関わらず品を感じる。

しゃべりかただけでなく、身振りにも。

愛想と品が両立している。

言葉づかいは上品だけれども、どこか人を突きはなすものと真逆の品だ。

今日二度も気を失ってしまった僕は、一日ほとんど横になっていただけだ。


けれど、朝飯を少し食べてからなにも口にしていなかったので、胃がからっぽである。


その気になれば、意識的に腹をならせる気がする。

木製の器によそわれたのは、笠の黒い大ぶりのキノコと白身の魚の切り身がころころ入っているクリームシチューらしきもの。


木製の皿には、焼きたての雑穀パン。


両方とも、最高にうまそうな匂いがする。


あわさった匂いが脳を刺激して、空腹度をあらわすメーターの針がふり切れる。


吸いこんだ匂いが、神経を経由せずに、脳を直接いぶしているんじゃないかって、思えてわらえてきた。

「いただきますっ」

僕は、この腹具合でできる精一杯で、がっついていることを取りつくろいながら、料理を口へはこぶ。

魚とキノコのうま味がよくでたシチュー。

胃にしみわたって、たまらない。

白身が口のなかで、ほつれる。


生臭さはみじんもない。

パンは、かためでしっかりしたパンだ。


普段たべる、やわらかいパンとちがうけれど、僕はこっちのほうが好きだ。


シチューによくあう。

ありがたいことに、シチューのうつわは彼等のモノより一回り大きなものを僕に用意していてくれていた。


なので、何度もおかわりをするという、いやしい様をさらすことから、免れた。



「僕の名前はソウ」

少年が自己紹介をしてきた。

つぎに、目一杯に指をひろげた手の平を、女性のハーフリングに向けて


「僕の母さん」


と紹介してくれた。

「ソレです、サアさんよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします、見ず知らずの僕に、こんなによくして頂いて、恐れ入ります」

「恐れ入ります」なんて普段づかいしない。


使いなれてないワードが、しっくりいかない使いかたで滑稽になっていか、少し不安だった。

「ソウ、自己紹介まだしてなかったの?人に名前を聞くまえには、自分から名乗らないと」

「だってサアは、見たことない種族だったんだもん」

「サア」という名前を訂正して、本当の名を名のるか迷った。

だけど、まだどこか、大掛かりなドッキリを仕掛けられているような感覚が、親切にしてもらっていることへの感謝とは別のところに湧いて、遠目で反目しあいながら居座っている。


「ソウ、ありがとう」

僕のために助けを呼んできてくれたことに、礼をいった。

食事中のソウの僕への質問責めは、ソレがたしなめてくれていた。


けれど、どうやら今夜は、このまま僕を泊めてくれるつもりでいる気配もある。


なので、ソレさんの心づかいに甘えきる訳にはいかない気がして、自分の正体を正直に話すことにした。


さあ、さて···



「別の世界から来た」という、僕の告白を、ふたりは微笑みでやりすごそうとした。


けれど、僕はかまわず、自分の世界の詳細をかたりだした。

なぜかと言うと、この短い間にハーフリングからうけた施しから予想すると、ふたりにとって、僕が『妄想を現実だと思い込んでいる変わり者』のままでも、たぶん受け入れてくれるだろうからだ。

それならば、心づかいに甘えきったままなのと変わらない。


なので、とりあえず可能なかぎり『ほんとうに自分は別の世界からきた』という、説得はこころみることにした。

一通りの僕の世界のおおまかな説明や、この世界にくる直前に体験したことを話し終えた。

彼等は、関心や驚きのリアクションと質問をまじえながら、茶化すことなく聞いてくれた。

見たことない種族であることも手伝ってか、僕が別の世界からきたとことを半分以上は信じてくれているようだ。

充分な成果だと思う。

僕の世界に、ハーフリングやエルフがやってきたとして、「別の世界からきた」と言われても、きっと一割も信じないどころか茶化してしまうだろう。

しかし「心づかいに甘える訳にいかない」なんて考えつつ、肝心の本当の名前をうち明けれなかった。

それは、ここまできて、「本当は『サテ』なんて名前ではない」と白状してしまうのが、今までの説得の足を引っ張ってしまう気がしたからだ。

長々と話してしまったので、食事の後かたづけが、遅くなってしまったのではないかと、申し訳なくなった。


4話目につづく〉

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