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蟹男 7話目

「おじさーん」

そう言いながらソウは、自分の家であるかのように、その家の玄関のドアを開けて、入っていった。

ドアに錠はついているが、鍵はかかっていない。

ソウにつづいて、僕もなかへ入っていいものかと、玄関先で戸惑っていた。

「おじさーん」

家のなかからソウの声がする。

ソウは、ドアを開けっぱなしにしていった。

家のなかの様子が、うかがえる。

僕は、そこでゾッとするものを、目にしてしまった。


庭に面した、窓のカーテンのすきまから、陽がさしこんで、部屋の一部をてらしだしている。


そこには、本が置いてあった。

背表紙が、凹凸に加工されている。

一瞬、装飾模様とも思ったが、文字だ。


たぶん、ルーン文字···


「おーくのれきし」


僕は、なぜか読めてしまった。


『たぶん』と、判断すらあいまいな文字を···


なんで?


ユグドラシルのショックが引く間もなく、べつの角度から追い打ちをかけられた感じだ。


ユグドラシルを目にしたときは、畏怖のようなものが、引き起こされた。


けど、この現象で引き起こったのは、心霊写真を見てしまったときに似た恐怖だった。


ルーン文字なんて、本やネットで見かけたことがある程度だ。


本当に自分は、あの文字が読めるのか···


部屋のなかへ入って、本を手にとって、たしかめたい。


そんな気持ちもあったけど、なんとなく近づくのが怖い。


なので、目を細めて、背表紙を見なおした。


やはり、読める。


もはや動悸といってもいい、僕の心拍数。


そして、さらにあることに気づいてしまう。


日本語しゃべってる···


みんなっ日本語しゃべってるっ!


なぜ、こんなことに気づかなかったのか。


まるで、そのことが意識に上がることを、何かにはばまれていたかのようだ。


悪寒がはしる。


しかし、そんな僕の緊張を、ソウの声がわずかになごませてくれた。


「おじさん、いないやー」


ソウが僕にむけて言いながら、家のなかから出てきた。


そのソウに、僕は呼びかける。


「ソウ」


「なに?」


「なにかしゃべって」


「え?なにしゃべろうかなー。どんな話が聞きたい?」


僕は、しゃべるソウの口もとさえ見れればよかった。


けれど、「なにかしゃべって」なんて、僕のぞんざいなフリで、まともになにか話そうとしてくれるとは···


そのことに、多少面食らいつつ、僕はソウがしゃべる口の動きを、まじまじと観察した。


口の動きと声のズレに気づいて、思わず笑ってしまった。


翻訳されてるっ!


ソウは、「まだ面白いこと言ってないよ」と、不満げだ。


このあと、面白いことを言ってくれる、つもりだったらしい。



できのいい、吹き替えのようだ。


ソウは、日本語を話していない。


きっと、ソレさんも、さっきの洗濯モノを干していたおばさんもだ。


なにこれ?


僕には、いつのまに、こんな機能がついたのだ?


しかも、いままでまったく気がつかなかったくらいの高性能。

完全に、神様案件やん。


思わず、エセ関西弁になってしまった。

······


神様がでてきた時点で、なんでもありえるよな·····


なにをどう考えればいいのか、完全に見失った。


そんな僕に、ソウが声をかけた。


「たぶんおじさん、釣りに行ってるんだと思う···」


そうか···


こっちも、どうすればいいのかわからなくなってしまった。


「橋へ行こうっ」


ソウのその一声は、指針をなくした僕に、響くセリフだった。


つづいて、ソウは言う。


「おじさん、だいたい橋で釣りをしているからっ」


きっとソウは、普通のことを言っているだけだ。


だけど、これ以上なにも考えられない僕にとって、たのもしく思えた。


ソウが、平常心であるというだけで。


そして、そんなソウのうしろに、子分のようについて、橋へむかう。



この世界にきてから、混乱するのにいそがしい。


異世界にくるというのは、こう言うことか。


ソウの家を出るとき、ソレさんは僕に「大丈夫よ」と、ほほえんでくれた。


ソレさん····


全然、大丈夫じゃないっスわ····



最低だ。


心のなかとは言え、恩人に悪態をつくとは。


混乱の勢いあまってしまった。



んー、さて。



当然だけど、ソレさんは悪くない。


この世界の住人にとって、ユグドラシルがあることは、僕にとって地球がまるいことのように当たり前だろう。


あって当たり前のもので、ショックを受ける人がいることを想定するのは、困難だ。


きっと、ソウやソレさんは、僕の世界にも、ユグドラシルがあると思っているだろう。



そして、ナゾの翻訳機能。


会話が成立しているということは、僕のはなす言葉は、この世界の言葉に訳されて、ソウ達にとどいているのだろう。


僕が別の世界から来ているのに、会話がなりたつと言う矛盾に、ソウ達は気づいていない。


得たいのしれない、力が働いていることを、ソレさんは、きっと知るよしもない。


だから、「大丈夫よ」なんて、のんきに言えるのだ。


おいっ。


ダメだ、不謹慎なことを考えてはいけないと思うほど、考えてしまう。


頭が疲れているせいで、不謹慎思考のたがが、ゆるんでいる。


さあ·····


「さあ、さて」と思う気力すらも枯渇している。


枯渇亮···


不謹慎思考のたがが、ゆるんでいるのだから、ダジャレのたがなんてとっくに外れている。 


···無様だ。



疲れた···



でも、まあ、飛ばされた世界が、文明もないようなところでないだけ、マシなのか···


ゴリゴリの弱肉強食の世界で、肉食獣に食い殺されたれたりしないだけ···


文明があったとしても、戦争のまっただなかとか。


敵とまちがわれて、異世界のなんか訳のわからない、曲がりくねった武器で、容赦なく頭をつらぬかれるとか。


そんな、即詰みするような世界でなくてよかった···


それだけでなく、この世界でも、ハーフリングに発見されたのは、幸運だったと思う。


他の種族だったら、詰んでいた可能性があったかもしれない。


とことん親切にされたから、ひいき目なしとは言いえないけれども、彼らには性善説が妥当だ。


発見されるには、ベストな種族だったと思う。


異世界にとばされる予定の人がいたら、ハーフリングに発見してもらうことをお勧めしたい。


やはり僕は、運がよかったのもしれない。


····


いやっ、運のいい人間は、異世界にとばされねーし。


『お勧めしたい』じゃねーよっ。


····


結果的に、ひとりボケひとりツッコミみたいになってしまったことに、不本意さを覚えながら、さらに考える。


しかし、まあべつに、元いた世界でハッピーに暮らしていたわけでもないからなあ···


どちらかというと、あれだぁ···



そう考えると、運が悪いわけでもないか。



自分の置かれている状況の、肯定のしかたが『僕らしいな』と思った。



〈つづく〉

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