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蟹男 9話目

筋肉の危機だ。


僕は、あらゆる持ちかたを試して、筋肉の延命をはかった。


そして、持ちかえるたびに「さあ、さて」と、となえる。


そのうちの何回かは、心のなかだけではなく、口にだしていた。


それを耳にした、ソウが無邪気にいう。


「サアって、たまに自分の名前をいうよね。変なのー」


無実だ。


しかし、誤解をとくには『さあ、さて』が、名前ではないことを、明かさなければならない。


そいつは、いまさらできないのだ。


よって『変なの』を、あまんじて受けいれる。


そうだ、僕は『変なの』だ。


疲れで、ヤケをおこしていた。



僕は、水のはいったバケツを、なめていたのだ。


しかし、どう見てもこのバケツ、ハーフリングサイズじゃない。


人間用のバケツだ。


なので、これをソウに持ってもらうわけにいかず、僕がはこんでいる。



バケツのなかの魚は、たまにあばれた。


そのときあがったしぶきで、服がぬれて少々ひえる。



魚のあばれるきっかけが、わからない。


道のくぼみに足をとられて、バランスを崩しても動じず、すずしい顔をしている。


そのくせ、平たんな、揺れのないところで、不意をついてあばれだす。



わからないことは、異世界特有のことばかりではなかった、ということだ。


しかしそのことが、僕の心を軽くしてくるわけでもない。


ましてや、筋肉をいやしてくれることもない。


腕が···



僕とソウは、帰路についていた。


橋からまっすぐ、ソウの家へ。


来たときはデハさんの家によったが、それとはちがう道。



途中、村のハーフリングに何回か出くわして、あいさつをした。



デハさんに、申しつけられたのは、木の枝を切ることだった。


剪定というやつだ。


この村は、ハーフリング領のはずれにある。


そして、オーク領とエルフ領、ふたつの別の領と、となりあっているのだ。


三つの領境は、Tの字をえがいている。


横線の上がオーク。


縦線の左がエルフ。


縦線の右がハーフリング。


それぞれの領地になっている。


そしてオーク領と、このハーフリング領の境には見張り台がある。


その見張り台まわりの、木の剪定だ。



数年前まで、見張り台には、派遣されたエルフたちがいた。


そして、エルフたちが、剪定もやっていてくれていたそうだ。


だけど、今はもういないとのこと。


また、ハーフリングもすでにその見張り台はつかっていないらしい。


しかし、見張り台からの見渡しが、枝葉にふさがれたりしてしまっているので、僕にそれを切ってほしいと。


もちろん、僕は引き受けた。



僕は、肩身のせまさを勝手に感じてしまうタチだ。


なので、タダ飯を食らうのは、メンタルによくない。


そこをクリアできたので、気持ちが少しおちついた。



おちついたら、あることが試したくなった。


それで僕は、ソウに話しかけたのだ。


「ソウ」


「なに?」


「さっきさあ、デハさんがいってた話···剪定だけどさあ」


「うん」


「引き受けたけちゃったけど···やっぱ僕やらないことにした」


「えっ!」


「·····剪定なんてせんてー·····なんてねっ」


「ぷはっ」


ウケたっ!


ダジャレを翻訳できるか試したけど、訳したぞっ!


どういう仕組みっ!?



ウケたのは、優秀な翻訳のおかげだ。


自分の手がらではないと、わかっている。


だけど、ソウが、僕のダジャレで笑ってくれて、ちょっと元気でた。


しかし、まもなくして、ダジャレの弊害もあらわれた。


「せんてーなんてせんてー♪ せんてーなんてせんてー♪」


前をあるくソウが、オリジナルのリズムで連呼している。


気に入ってくれたようだ···


恥ずかしい。



そして、ちょっと元気がでたくらいでは、焼け石に水だったのだ。


やはり疲れている。


この世界での混乱は、今日が頭打ちであってほしい。


贅沢をいうと、筋肉の疲労も···


はぁ···


あのエルフの娘「ハア」って名前だったな···


またあいたいなあ···



「ソウーっ」


突然、ソウをよぶ声がした。


声のほうを見ると、草むらをはさんだ、となりの道でハアが手をふっている。


会えたっ!


僕は、無理やりし気力をしぼりだして、疲れきった、だらしない姿勢をただした。


そしてバケツを、オーソドックススタイルへ持ちなおす。


ただ、利き手で持っただけだけど。


「え?水のはいったバケツが?··重いとかありえる?」という顔もつくる。



「ハアー」


ソウが手をふりかえした。


おたがいの進行方向で、道はすぐ合流していたので、とりあえずそこまで行く。


「こんにちは」


ハアが僕に挨拶をしてくれた。


「こんにちは」


僕は、地声よりおちついた声でかえした。


自意識が手におえない。



「うちにくるの?」


ソウがハアにきいた。


ハアは、笑顔でうなづく。


「なにそれ?」


ハアが手にさげたバスケットをみて、ソウはきいた。


「ママにたのまれたモノを持ってきたの」


ハアは、バスケットを上げてみせた。



僕は、ソウと会話しているハアを見ていた。


色のうすいブロンド。


ワンレンをまんなかでわけて、片側をとがった耳にかけている。


かけてるほうがこちら側だったので、横顔がよくみえた。


おでこがかわいい。


視線に気づいたのか、ハアが僕のほうをみた。


目があってしまった。


あせって「あっ」と、声をだしそうになってしまう。


そこへソウが、僕に話しかける。


ナイス、ソウっ。


声に出さなかったものの、口が「あ」のかたちになってしまっていた、僕。


そのまま、視線をハアからスライドさせて、横目でソウのをみた。


「きのうハアはね、僕がみんなを呼びにいってるあいだ、ソウのこと見張っててくれたんだよ」


ハアが、僕のことを見張った?


意識をなくしてた僕に、野性動物なんかがちょっかいかけないように、ってことかな。


そう解釈した僕は、視線をハアにもどして、「あ」の口のかたちを利用して


「あ、りがとうございました」


と、お礼をいった。


一瞬ファインプレーとも思ったが、ごまかせてないだろうな···


「気にしないでください」


ハアは笑顔で、そうかえしてくれた。


しかし、ほんとうに危険な動物があらわれていたら、ハアひとりで、どうしていたのだろう?



「ハアは、変わったものが好きだもんね」


ソウがいった。


変わったもの···


えっ、なに。


ソウには『変なの』で、ハアには『変わったもの』に分類されてるの、僕。


まあ、あなた達からみた異世界からきてますけど···


変わったものでもなんでも、『好き』がつくなら、もう満足です。



「荷物、もちますよ」


僕は、あいたほうの手をだして、ハアにそういった。


「大丈夫ですっ」


笑顔でことわられた。



それから、しばらく歩くと、ソウの家についた。


「ただいまー」


ソウは勢いよくドアをあける。


わんぱくか。



「おかーさんー、聞いてーっ」


ソウはさっそく、ソレさんに、僕の手伝うことが見つかったと、報告をしようと···


サアって面白いんだよ


!!


「せんてーなんてせんてーって、言ったんだよっ」


やめてっ!



せめて、その前段階の説明をしてっ。


「あのねー。おじさんに剪定をたのまれたのに、急にやらないって、いいだして」


!!


やっぱり、やめてっ。


説明しないでっ。


ソウの説明を聞きおえたソレさんは、こういった。


「サアさん、おもしろいねー」


ころしてくれ。


この親子のやりとりは、とうぜんハアにも聞かれている。


ハアの表情は、みごとに1ミリもうごいていなかった。


地獄だ。


僕はやはり、あのとき死んでいて、地獄におちてたんだっ。



僕が地獄におちているあいだに、ハアは両膝をついて、ソレさんにハグをした。


ハアとソレさんの、いつもの挨拶なのだろう。


すごく自然だ。


この家に、はいるときもそうだった。


ハアは、入り口の高さをたしかめもせずに、適度にかがんでスマートにはいっていった。


いっぽう僕は、高さを確認しながら、頭をうたないよう、慎重にはいった。



「ママ、もってきたよっ」


ハアが、バスケットをあげてソレさんにみせた。


「ありがとう、ハア」


さっきの『ママ』って、ソレさんのことを、いってたのか。


そして、ハアは「はい」と、バスケットを僕にさしだした。


僕はあけっにとられた。


思わずソレさんを見る。


にこにこしているだけだ。


この家へ入るやいなや、床にバケツをおいたので、僕の両手は解放されていた。


その両手で、バスケットをうけとる。


そして、ソレさんがいった。


「男性モノの下着までたのんでしまって、もうし訳なかったね 」

「大丈夫、お父さんのをときどき私が買ったりもするから」


ハアが、そうかえした。


僕は、食卓にバスケットをおいた。


バスケットの中身の上にかぶせてあった布をめくる。


服だっ。


この世界で着てても、目だたないですみそうな服。


そのしたに、今いってた、下着もある。


上下のセットが、いくつか。


下着のさらにした、なにか、かたい手ざわりがあった。


下着をどかすと、クツがでてきた。


やったっ。


今はいてるスニーカーは、悪目だちする。


出会ったみんな、もれなくスニーカーに目をとられていた。


ふちのほうに、歯ブラシもはいっている。


「ありがとうっ」


僕はハアに、心からお礼をいった。


ハアをみると、僕におしえるように、ソレさんに目をやった。


僕はソレさんのほうへ向きなおし、お礼をいった。


「ありがとうございますっ」




そのあと、しばらくしてハアは帰った。


ハアは、ソレさんと話すとき、こころなしか、声があまえた感じになる気がした。


僕が荷物をもつのを、ハアがことわったのも、関係あるような。


僕に荷物をもたせているところを、ソレさんに見せたくなかったんじゃないのか。


ソレさんの前で、自分のできる最大限のいいこでいたい···


それくらいソレさんのことを好きな感じが、つたわってきた。


しかし、僕がハアに好意をもたれたいって、自意識も負けてる気がしない。


ハアが帰ってしまったら、思いだしたように疲れがかえってきたのだ。


どこにいってたんだ、ってくらいに。


副作用のように、今は、疲れた以外のことばが思いつかない。



夕ごはんには、あの魚がでてきた。


切身になって、ソテーされて。


苦労してはこんだので、すこし愛着がでてきていたが···


筋肉疲労の回復のために、遠慮なくいただく。


だけど、この筋肉疲労って、こいつをはこんだからだよな。


しかし、僕の筋肉は、お前のおかげで、ビルドアップされるのだ。


たぶん。


ありがとう。


おいしかったっ。


いただいたあと、ソウとソレさんに断りをいれて、さっさと寝てしまった。


ここが異世界だってことを、忘れたかのようないきおいで。



〈つづく〉

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