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茫洋流浪

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宇宙のど真ん中で、いつまでも今、言の葉を紡ぎます。
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[全文無料] 捨てる神あれば - 小さなお話・第n回

[全文無料] 捨てる神あれば - 小さなお話・第n回

一、行き違いと掛け違い

人とのつき合いの中では様々な行き違いが起こり、あれやこれやとボタンの掛け違いも生じる。今回のいさかいについて言えば、ぼくが無精なのがいけないのかもしれない。武将でないのは幸いだけど。

とはいえ、ぼくの無精性というか「やりたくないことは少しでも先伸ばし」と無意識のうちにしてしまうような行動規範は、短くもない人生の中でしっかりと心に染みついてしまったものなのだから、そう簡単

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[詩と随想] 夜の蜻蛉(とんぼ)

[詩と随想] 夜の蜻蛉(とんぼ)

[随想詩] 夜の蜻蛉(とんぼ)

闇の中、電燈の白色光に照らされ、
微動だにせず、木の枝にぶら下がって、
静かに、ただ静かにぶら下がって、
お前は何を想うのか。

釈迦牟尼仏陀が生まれたという、
乾いた南国の地にも秋が、
訪れたことを告げるために、
お前はそこにいるのか。

透明な羽根と大きな目玉を、
きらきらと輝かせてひんやりと、
ヒンズー寺の境内で無為の尊さを、
お前は説きにきたのか。

俺た

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[随想詩] 無為の祝祭

[随想詩] 無為の祝祭

何もしなくていい。
ただ生きているだけでいい。
それどころか死んでしまってもかまわない。

そんな明快な理解を、
世界の無意味さの上に、
体と心の確かな実感をともなって、

重ね合わせて ほがらかに、
呟きあぐねて こっそりと、
つかみそこなっては ぼんやりと、

どこからともなく やってきて、
どこへともなく さってゆく、
不思議なものよ、
波粒よ命よ、量子のもつれよ、

おれは本当に生まれてき

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[随詩想] 音階の夢幻に昇りゆく踊り場にて

[随詩想] 音階の夢幻に昇りゆく踊り場にて

相変わらず体が重い。

広島の19年後に生まれ、47のときに福島をタイで経験したぼくには、その体の重たさと、もつれた心の因果複合体こそが、この世界と関わるための細い通廊になっている。

*  *  *

扉の向こうに見下される駐車場に観光バスが停まり、朝から巡礼客がたくさんの荷物を持ってやってくる。そのざわめきが響いてくる。

そんな巡礼宿の一室で、ぼくは天井扇が静かにかき回す空気とともに、頭の中

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[詩随想] 一人よがりの悟りを決めて、男は世界の完全性を騙った。

[詩随想] 一人よがりの悟りを決めて、男は世界の完全性を騙った。

アルフレッド・ジャリがこんなことを言っててね、

「自分の人生を一貫性のない不条理な一篇の詩とすることで、この残酷で愚かな世界を人は否定することができる」ってさ。

つまりだ、人間はあまりにも不完全な自分の認識能力に欺かれてるもんで、人の世は残酷で愚かなものに仕立てられる以外の道がない。

もちろん人の世には優しさもあれば賢さだってある。

だけど優しさと賢さだけを信じて、残酷さと愚かさを退治する

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[詩小説] 今日もインドで低空飛行

[詩小説] 今日もインドで低空飛行

その気持ちをどう描写したところで、何がどうなるものでもない。

いや、違うな。やはりどうにかはなるのだ、何かが。

たとえば、「将来に対する唯ぼんやりした不安」のために死んだ人がいる。

むろんそれは、ある心情を仮の言葉で表したにすぎない。

けれどもその表現がこの世界に何らかの足跡を刻む。

ほんのやずかではあっても、それによって何かが変わるのだ。

たとえそれが、砂浜に残された足跡のように速や

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[航宙日誌] 人生はかくかくしかじか

[航宙日誌] 人生はかくかくしかじか

##1 前口上

結局のところおれは何が書きたいのか。

それが問題といえば問題なのだが、そんなことを問題にしていると、書きあぐねて筆が止まる。

とすれば。

自意識過剰の問題設定などすっぱり忘れて、さっさと書けばいい。

とは言え。

だらだらと意味もなくどうでもいい文章を書けばいいというわけでもない。

誰かに何かを伝えたいのか、それとも自分の存在をとにかく認めてもらいたいのか、自分でもそこ

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[随想詩] 精霊たちの特異点

[随想詩] 精霊たちの特異点

遠い東の島国の誰かから
声をかけられたような気がして
曖昧に挨拶でも返そうかと

駅で列車の出発を
待っていたので写真を一枚
ええぼちぼちやってます

森のなか裸で過ごすほどに
うき世を離れてはおりませんが
この宇宙は所詮まぼろし

神々のお遊戯劇場の
登場人物としてわたくしたち
ほがらかにすこやかに

陰惨で鬱屈の夢も確かに現実と
思えばこそ密やかに
弔いの言葉かさねて

やがて列車は汽笛を一声

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[ししょうせつ] 完全犯罪

[ししょうせつ] 完全犯罪

ええ、「形而上学的探偵の告白」という題名を考えましてね。

まずは完璧な文章の存在を証明します。

次に完璧な絶望の存在。

こここまでくれば完全犯罪の手順まではあと一歩じゃないですか。

といってもぼくは血なまぐさい話は嫌いなもんで。

Killing me softly with her song っていうような話ですよ。

ネスカフェのせいでつまらぬ宣伝小唄になっちまいましたが、こいつがなか

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雨のち夕焼けの黙詩録

雨のち夕焼けの黙詩録

雨が降っていた。砂漠のとばぐちの街に。じゃばじゃばと水の音がした。安宿のくたびれたマットは湿気ていて寝心地が悪い。

自分がなぜこんなところにいるのか、説明できないわけではなかった。とはいえ意味は不明だった。

ええ、インドにちょっと用事がありましてね。といっても用事があるのはうちの奥さんのほうで。ぼくはそのお供といったところで。

そもそもこの世の存在自体が意味不明なのだ。意味なんか分からなくた

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ブラーフマ神の聖地、西インドはプシュカルより

ブラーフマ神の聖地、西インドはプシュカルより

Kさんとのコメントのやり取りでヘッセの「クヌルプ」の話。

自由に生き、ひとり死んでゆく流浪の男クヌルプを神が祝福する物語だが、Kさんはぼくに、ぼくはKさんにクヌルプを見る。

五十すぎの男たちが定職にもつかず文筆にうつつを抜かしているとは何とも平和な世の中ではないか。
(社会には不穏な空気を感じながらも)

そうしてぼくはヘッセの「ダミアン」英語版をネットから落としてきて、ぱらぱら目を通し始める

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ベンガル湾を越えて西へ飛ぶ

ベンガル湾を越えて西へ飛ぶ

蒼い海の上にぼんやりと姿を映して無数の白い雲がぽっかりと気ままに誰に見られるためでもなく気持ちよさそうに浮かんでいるのを機上で見たいつかの昼下り。どこまでもいつまでも雲は続きゆっくりと視界は移動してゆく。機内の人々は自分が空の上に浮かんでいるのも忘れてそれぞれの内的世界で戯れることで時を過ごす。空調が雑音となって聴覚を刺激し続けるその合間に時折り異国の言葉が聴き取れぬままに遠くから響いてくる。天帝

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無為の時間、無闇な作文

無為の時間、無闇な作文

とにかく体が重い。還暦前の体に起こっているこの現象を老いと考えるならば、生涯に渡って取り込んできた化学的であったり放射性であったりする毒物の影響で老いが加速しているのに違いない。こんなに体が重くなる前にだって、特別何かをなそうというような考えは散発的にしか持ち得なかったのだから、こんなに体が四六時中重い以上、この心身を少しでも軽やかに保つ以外のことはもう一切しなくていいのだとはっきり決断する。など

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