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ニャルさまは干物女子にお熱中―邪神に気に入られて歪んだ愛情を向けられる干物女子の非日常― 第一話

【あらすじ】
 星が舞う空が覆う森の中でその男に出会った。 「キミのその幸運と強さと無知さをボクは愛そう」 と顔の良い男は言った。中身は化け物であることを分かっていながらも、その男の微笑みからは目が離せない。それほどに男は魅力的だった。
「だからってどうして一緒に住むことになるのよ!」
 桂華は夢で出会った男、いや化け物であるニャルラトホテプに気に入られてしまった。それはもう一方的な歪んだ愛情を向けてくる彼を振り払う術など持っているわけもなく、桂華は仕方なくそう仕方なく受け入れるしかなかった。

捕捉:見どころなど

①主人公の桂華は干物女子属性であり、恋愛に疎いキャラクターです。そんな彼女が人ならざる者であるニャルラトホテプから一心に愛情を受けます。恋愛に疎い彼女はその愛の重さに動揺し、時に胸が揺さぶられていくシチュエーションというのはドキドキする展開になりえます。

②クトゥルフ神話をモチーフにしていますので、怪異とは違う描写ができます。桂華の精神値がゆっくりと削れ、そして彼女の幸運値の高さによって堕ちずにいられる救済とも罰ともとれるもどかしさ等が表現できます。

③ただ苦しむ・恐怖させるだけではなく、ニャルラトホテプの慈悲と歪んでいる愛で飴と鞭を使い分けて少しずつ桂華を彼に堕としてしく。最後に彼女はどんな結末を迎えるのか、選ぶのかを楽しんでいただけるかと思います。

④ただ甘いだけでなく、桂華が神話生物や邪神絡みの恐怖に巻き込まれていきます。彼女は恐怖を感じるのか、不安を抱くのか、無知故にあるいは幸運故に気付かないか。そういった展開で強弱をつけていきます。

⑤どんどんと堕ちていく桂華の様子や、それを愉しみ彼女を離さないニャルラトホテプの恋の駆け引きなどを表現します。また、クトゥルフ神話の独特な雰囲気を利用したホラーやミステリー寄りにすることもできます。

捕捉:簡易的なキャラクター設定

①月城桂華(つきしろ けいか)
年齢:二十四歳 性別:女 職業:事務職
容姿:栗毛のセミロング・綺麗寄りの中性的な顔立ち・痩せ型
性格:面倒くさがり
設定:面倒くさがりでインドア派な典型的な干物女子。掃除が苦手でさぼりがち。環境適正能力が高く、神話生物への受け入れが早い。恋愛に疎いため、直球でやられると動揺する。運が異常に良い幸運体質。ニャルラトホテプの歪んだ愛に胸やけ起こしそうになりながらも、絆されている自分に気づいて頭を抱えている。

②ニャルラトホテプ
年齢:外見年齢は二十代 性別:男 職業:喫茶店のマスター
容姿:襟足の長い黒髪・浅褐色の肌・端整な顔立ち・長身
性格:一途・考え方が歪んでいる
設定:普段は人間の姿をしているが本来は邪神であり見た目は化け物。全ての物事を軽くやってのけるので、掃除や料理など朝飯前。人間たちが苦しみもがき、恐怖し、堕ちていく様を見ては愉しんでいる歪んだ邪神。桂華の無知さと幸運体質、彼女の言動を気に入って愛している。愛しているのは本心であり、それでいて桂華がどうやって堕ちていくのかを愉しんでいる。


第一話

 それは夜の世界だった。ぼんやりと照らす月に宝石を散りばめたように煌めく星々が空を彩っていて、景色に興味のない人間でも「綺麗だ」と感嘆の声を溢すほど美しかった。

 そんな空が包む深い森の中で月城桂華つきしろけいかは立ち尽くしていた。自身は仕事から帰って眠ったはずではなかっただろうかと。

 何でもない日常だった。いつものように仕事を終えて、電車に揺られ、慣れた道を歩いてマンションまで帰った。お風呂に入り、お弁当を食べてそのまま寝る、そんな何もない一日だったはずだ。

 夢にしては現実的な状況に恐怖を覚えながら桂華は森を進んでいた。時折、おかしな化け物に追いかけ回されもしたし、変な問いかけを解くこともした。

 脱出ゲームをやっているかのようだった。ごりごりと精神を削られてく感覚がするものの、森を抜けるために頑張っていた。

 どうして自身はこんなことをやっているのだろうか。こんなものに何の意味があるのか、桂華には分からなかった。それでも大人しく従ったのはそうしないといけないように感じたからだ。

 夢ならいつか覚めると思うのだが、何故だかちゃんと前へ進まないと抜け出せない、そんな気がしたのだ。

 寒気がする、恐怖を感じる、不安が胸を締め付ける。それらが桂華を縛り、早く此処から出たいと身体を動かした。耳を澄まして気配を感じ取り、目を凝らして何かの影を見つけたならば逃げた。

 ただ、ひたすらに歩いて神経を使い、精神をじんわりと減らしながら出口を探した。夢ならば早く醒めてほしかった。誰もいない、化け物が徘徊する森になどいたくはなかった。

 どれぐらい歩いたのかなんてもう知らない、化け物から逃げ続けて疲れきっていた。もう駄目なのだろうか、諦めかけた時に前を見遣ると森の出口らしい光が視界に映る。

 やっと出れると安堵したのも束の間だった。

 ばりばりと世界が崩れ、景色は散っていった。何が起こっているのかわからず、桂華は立ち尽す。

 空は相変わらず綺麗なままで、けれど森が無くなって、いや、鏡に映った景色にひびが入ったような状態だ。ぼんやりとそれを眺めていると声がした。

「うーん、残念だけど時間切れだ」

 低い男の声だった。振り返ってみると端正な顔立ちの男が立っていた。長身で襟足が長い黒髪に浅褐色の肌、きっちりと仕立てられた黒いスーツ姿の男は笑みをみせる。

 年齢は若くて見た感じでは二十代ぐらいだ。冷めた青い瞳がよく映えるその容貌に普通の人間ならば見惚れてしまうのだろう。けれど、化け物から逃げ回り、謎解きをして、ひたすらに歩いた桂華に興味を持つほどの気力は残っていなかった。

「時間切れ?」

 それでも桂華は言葉の意味を理解しようと、問いかければ男は「そう、時間切れ」と答えた。

「制限時間を超えてしまったんだよ、キミは」

 男は「あと少しで出られたのにね」と可笑しそうに口角を上げている。間に合わなかったのだと言われて、なんとなくだがそんな気がしていた。

 時間切れと聞いて薄々は感じていたけれど、怖さよりも先にすんなりと受け入れられていた。

 桂華は「そうですか」と返す。こんな森にいたくはないけれど、出れないと宣言されてしまったのだから無駄な足掻きはしたくない。そんな桂華の様子に男は少し驚いたふうにしていたが、「まぁこれも遊びだから」と笑った。

「哀れだったと思ってくれ」
「どうなるんですか、私」
「そうだね、気が狂うと思うよ」

 永遠に出れない世界に閉じ込められて化け物から逃げ続けて喰われて命を落とすのだ。「何とも残酷なことだね」と男は笑っていた。それに苛立ちを覚えたものの、何をしても敵わない気がしたので抵抗はやめおく。

 何もしない桂華に男はふむと少し考えてから言った。

「お嬢さんと別れるのは名残惜しいが……終わろうか」

 そう言うと男の身体が砕けた。

 それは化け物だった。暗闇を具現化したように醜悪で顔の無い化け物がそこに立っていた。見下ろすようにそれは桂華を見つめている、ような気がした。鋭い二つの鉤爪を持った悪魔的な姿に目を逸らすことができない。

 恐怖が世界を支配する、この世の終わりのように。「あぁ、人間は狂う、狂って絶望して嘆いて、死ぬ。その姿はなんて可笑しいのだろう」と化け物は笑っている。

「うっわ、顔ないじゃん」

 桂華の一言に化け物は「はぁ?」と声を上げる。桂華は狂っていなかった。化け物を見て驚きはしている、いるけれど平気だった。

 彼女は精神値の賽投げに勝利していた。普通の人間ならば発狂している、この化け物を見てしまっては。けれど、桂華はそれを乗り越えてしまったのだ。

 化け物はその幸運と強さ、無知さに「あぁ、なんて面白い人間なのだろうか」と可笑そうにしている。そんな化け物の態度など、桂華は気にしない。むしろそのグロテスクな見た目をどうにかしてほしかった。

「見た目ちょっとグロテスク……元に戻ってくれません?」
「キミ、ほんと面白いね」

 桂華の反応にますます化け物は笑う。化け物を気持ち悪いと思ってしまうのは普通ではないだろうかと桂華は思っていたら、考えを読んでか「発狂しない方がおかしいという発想がないのか」と化け物は突っ込んだ。

「え、でも化け物だし」
「キミ、強いね。普通、そんなふうに話せないと思うのだけれど」
「だって、逃げられないなら素直に色々、ぶちまけてから死にたいじゃないですか」

 どうせ殺されるならば思ったことを喋ったっていいと桂華は言った。殺されるという認識はあるのかと化け物は吹き出す。この化け物のツボを自分は突いているらしいと桂華は気づくが、思ったままのことを言っているだけなので、その反応が不思議だった。

「いや、キミ面白い。いいよ、特別に元の世界に帰してあげる」
「え、いいの?」
「いいよ。キミはもう怪異に飲み込まれやすい体質になってるし」

 怪異に巻き込まれやすい状態になっていると聞いて桂華は嫌そうな表情を見せる。「そんな顔をされても仕方ない」と化け物は言うけれど、そんな体質にしたのはお前のせいではないかと桂華は思った。

 それでも帰してくれると言うのだから大人しくしておこうと、黙る桂華に化け物は「キミと一緒にいると面白そうだね」と呟いた。

「え、一緒?」

 何のことだと言いたげに首を傾げる桂華に、化け物はくすくすと笑いながら頷いた。

「そう、一緒。まぁ気にしなくていいよ。じゃあね」

 そう化け物が言うと桂華の意識は途切れた。

          *
 
 化け物は見つけた。なんて幸運な人間なのだろうか。それでいて強く、それでいて無知だ。あぁ、キミが恐怖し、困惑し、狂っていく様というのどうなのかな。化け物は想像するだけで楽しかった。

 ボクが愛してあげよう、ボクに堕落させてしまおう。最後の時に見せるのは死への絶望か、恐怖か、悲しみか。あぁ、眺めていたい。化け物は見つけてしまった、お気に入りを。

         ***

 目が覚めるとそこは見知った天井だった。自分の寝室であるのを桂華は確認するとゆっくりと起き上がる。着古したジャージ姿でぼさぼさの栗色の長い髪を軽く整える。

 暫くぼーっとしていた。夢だったような、そうでないようなよく分からない感覚に桂華は頭が整理できていなかった。ぐらぐらとする感覚に頭を摩ってみるが、あまり効果はなかったので仕方なくベッドから出ることにする。

 服や雑貨で散らかった床をなんでもないように歩いて寝室のドアを開ける。まだ眠そうな眼でリビングを見て桂華は固まった。

 脱ぎ散らかしていたはずの服が無く、雑誌や新聞が無造作に床に落ちていたはずなのに綺麗に整頓されてテーブルに置いてある。リビングが掃除されたかのように綺麗だった。

「起きたかい?」

 その声に桂華は勢いよく顔を向けた。ダイニングキッチンからひょっこりと顔を出したのは、端正な顔立ちをした男だった。

 彼を自分は知っている。長身で襟足の長い黒髪に浅褐色の肌、服は黒いタートルネックにジーパン姿だった。冷めた青い瞳がよく映える容貌は夢で見た覚えがある。

(あれ、確か化け物じゃなかったっけ)

 そこまで思い出して——痛む頭を桂華は摩った。男は爽やかな笑みを浮かべている。

(うん、化け物だったな)

 思い出した、あの悪魔的な姿を。そう思い出したというのに桂華はまたしても精神値の賽投げに勝利してしまった。そんな様子に男が笑う。

「キミ、ほんと幸運だね」
「いや、どうしているんですか」
「気に入ったからだけど?」

 男は「キミのその性格と幸運と強さと無知さを気に入ったからだけど」と言う。だからといって男がこの家にいる理由になるかと問われると、ならないというのが答えなのだが。それを伝えたところで聞いてくれそうにはないように見えた。

「困るんですけど」
「困らないだろう。と、いうかキミだらしないね?」

 部屋の散らかりようと洗濯物の溜まり具合はと指摘されて、うぐっと言葉を詰まらせた。桂華は部屋を多少、散らかしていた。

 多少だ、ゴミ溜めにはしていない。決して、そう決して汚部屋ではない、はずだ。そう桂華は思っているのだが、そんな考えを察してか男は「散らかっていることには変わりないよ」とばっさり切り捨てた。

「ボクが片付けておいたけど。洗濯物は今洗ってる途中」
「ちょ、ちょっと何を勝手なことを!」
「現在二十三歳、今年で二十四歳の会社事務員で未婚彼氏無し。掃除が苦手で面倒くさがりな性格……キミ、干物女子ってやつかい?」
「うっさいわ! 悪いか!」

 何処から知った情報かは分からないけれど、本当のことを指摘されて桂華は恥ずかしさよりも苛立ちの方が勝った。

 出かけるのも面倒だし、友達付き合いも面倒、会社の飲み会も断りがち、部屋でごろごろしているだけ。化粧もお洒落も仕事と出かける時だけでいい。家にいてまで気にしたくないし、したくもない。干物女子と言われても否定はできなかった。

「いいから、さっさと出ていってください!」
「えー、嫌だよ。てか、キミにはどうしようもできないよ」

 桂華の反応に「キミはボクの正体を知っている。人間がもがいてもそんなものボクには通用しない」と男は話す。

「キミに逃げ場はないんだよ」

 例え、警察に連絡しようとも効果はないし、彼らが何事もなかったかのように帰らせることだってできる。人間にはどうにもできないのだと男は冷たく現実を突きつけた。

 淡々と語る男に桂華は理解した、この化け物に目をつけられてしまった以上は逃げ場がないことに。

「この人間の姿でいるのだからいいだろう? それに日本性も持っているよ」
「化け物なのに!」
「キミ、失礼だね」

 男は「やり方は企業秘密だけど簡単なことだよ」と笑う。どうせ、酷いやり方なのだろうことは分かりきっているので知りたいと桂華は思わなかった。ただ、化け物にしては手間のかかることをしているのだなと別の意味で感心した。

 彼は「死ぬまで一緒にいてあげるから安心するといいよ」と言う。怖い、それはそれで怖い。逃げ場がないので余計に怖い。そもそも、そんなことを桂華は望んではいないのだ。

「化け物……」
「そう呼ぶのやめてくれるかい? ニャルラトホテプっていう立派な名前があるのだけれど。あぁ、擬態している時の名前は東堂司だ」
「うっわ、地味にかっこいい名前だし」
「キミ、本当に失礼だね。まぁ、いいだろう。キミには逃げ場はないことだし」

 男に「ボクからは逃げられないからね」と念を押されて桂華は諦めた。化け物に何を言っても無駄なのだ。深い、それは深い溜息をついて諦めたようにダイニングテーブルに座る。

「で、何勝手にやってたの」
「朝食を作っていた」

 食べるだろうとニャルラトホテプは皿を並べる。スクランブルエッグに焼かれたウィンナー、サラダにオニオンスープ、トースト。それらを見て桂華は眉を寄せる。朝食メニューにはぴったりではある、あるのだけれど。

「どうやって材料揃えたの」

 自身の冷蔵庫には卵と食パンはあったけれど、それ以外はなかったはずだ。そんな疑問にニャルラトホテプは答える。

「スーパーで買ったが?」
「お金は?」
「何度も言うけれど、ボクは擬態しているからね、この日本で」

 職ぐらいついていると言われて、桂華はこの化け物はなんなのだと意味が分からなかった。だって、化け物が人間の振りをして平然と暮らしているのだから理解ができない。

 どうして擬態してるのだと言いたげな表情を見せるも彼は教えてはくれなかった。ただ不敵に笑うだけなのだ。

「どこで働いてるの」
「駅前の喫茶店」
「え、ちっか」

 そこは桂華も何度か行ったことのある喫茶店だった。そういえば顔の良い男が店主をしていた気がする。桂華が記憶を辿っていると、ニャルラトホテプは「思い出したかい?」と笑む。

「そこで面白そうな人間探して怪異に巻き込んでたからね」
「酷い」

 ニャルラトホテプは「なかなか面白い人間って見つからなかったのだけれど、キミは大当たりだった」と嬉しそうに言う。どうやら喫茶店に入った時に目をつけられたようだ。こっちからしたら被害者なので桂華は全くもって嬉しくなかった。

 とりあえず、出された料理には手を伸ばした。食べ物に罪はないのでもぐもぐと咀嚼していると、ニャルラトホテプが隣に座ってきた。彼はコーヒーを渡してきたのでそれを受け取る。

「うーん、キミ。可愛らしいのだからもう少し身だしなみ整えなよ」

 そう言ってニャルラトホテプは桂華の髪を梳いた、それそれは爽やかに微笑みながら。顔が良い、化け物だけど顔が良かった。だが、桂華は渋面になった。

「その顔で何人の女を地の底に落としたの」
「はっはっは、数えてないなぁ」

 ニャルラトホテプが「キミはなかなかに強いね」と大袈裟に笑って見せる。泣かせたではなく、地に落としたと言うあたり怪異に巻き込んだ意味も含むのだろうと彼は捉えたらしい。

 桂華もそのつもりだったので数えてないという回答に、だろうなと納得した。こういう奴は泣かせた人間のことなど覚えていないのだ。

「キミのことは覚えていてあげるから安心してくれ」
「安心したくないのでどっかいってください」
「嫌だね」

 即答。分かっていたけれど逃げられるわけもなくて、本日何度目かの溜息を桂華は吐いた。

 どうしてこんな目に遭ったのだ。勝手に目をつけられて、怖いめに遭わされて、起きれたと思ったらその原因が「気に入ったから」という理由で一緒に暮らすというのだ。理不尽にも程がある。

 けれど、自分にはどうしようもできなかった。この化け物を倒す力も、追い払う能力も持ち合わせていない。無駄なことをして折角、生き残ったこの幸運を逃したくはないので、桂華は受け入れるしかなかった。

 こうして、桂華は化け物、ニャルラトホテプと同居することになった。


第二話

第三話


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