見出し画像

野上弥生子短編集 読書感想文

野上弥生子短編集(作:野上弥生子、編:加賀乙彦、岩波文庫、1998)


野上弥生子短編集を読んで思ったのは常に根底にあるのは登場人物たちが謙遜であるということだ。
しかし謙遜が過ぎると辛い目に遭う。言いたいことが言えずあるいはそもそも言うということ自体が考えられず、耐えて結果不幸になる人たちがこの国には多かったのだ。
読んでいてどうしてこんな意地悪な不幸な話をどんどん書くのだろうと疑問に思った時もあったが、それは意地悪などではなく逆だ。野上の人間へのやさしさと時代への怒り、総じて彼女の強さが話を辛くしているのだ。これはまさに時代の告発である。
野上弥生子のことは『人生相談 谷川俊太郎対談集』で初めて知った。かの夏目漱石から21歳の時に書いた処女作その名も『明暗』を懇切に批評されたことがきっかけで、小説家になったという。解説によると、明治18年に生まれ、昭和60年、99歳で『森』を執筆中に他界したとある。
さて、本の感想に戻ると、作品はどれも艶やかな色気のある人物描写と緑豊かな自然描写、そして鈍色のするような人物を取り囲む状況の描写のコントラストが素晴らしい。まるで鈍色が人物たちを囲み、展開が進むにつれその鈍色が人物たちにも侵食していくような一見残酷でしかしそれだからこそ儚く美しい作品たちが多い。
戦争も各作品に暗い影を落としている。一見のほほんとした『山姥』にもはっきりと戦争の影が出ている。
反戦色が色濃く出ているのが『哀しき少年』だが、これは解説によると1935年に書かれたという。軍国主義が色濃くなってきた時代への反抗であるが、この残酷で切なくしかし可愛らしくもある主人公の少年の、父を想う姿が私には忘れられない。

この記事が参加している募集

#推薦図書

42,454件

#読書感想文

187,975件

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?