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読書感想文 古野まほろ「老警」

牧歌的な田舎の風情を残すA県の小学校の運動会で19人が殺傷されるという前代未聞の無差別通り魔事件が起きた。

犯人は警察無線を奪って犯行声明を発表した後、同じく奪った拳銃で自殺した。警察が大混乱に陥る中、さらに追い打ちをかける事実が判明する。犯人の伊勢鉄雄は現役警察官の息子だったのだ。

A県警察本部で警務部長を務めるキャリア警視正・佐々木由香里は鉄雄の父親で、警務部に所属する伊勢鉄造警部から話を聞いた。

それによると、鉄雄は中学受験で強いストレスにさらされ、中学ではイジメの標的になり、家庭内暴力をふるうようになり、それでも、近所に住む幼馴染の同級生が守ってくれたおかげでかろうじて高校までは卒業できたものの、社会に全く馴染めず、問題を起こしてばかりで、その度に伊勢警部はそれを揉み消してきたという。

息子が今回の犯行に及ぶまでの諸々のことを語った後、伊勢警部も自殺した。

今回の事件は凄惨を極めるものの、事件そのものは大学を中退してからは外部との接触を断ち、ひきこもり生活を送る中で被害妄想を膨らませ、一方的に社会を敵視してきた青年による凶行という至ってシンプルなもので、生きて被疑者を確保できなかった警察の負けが確定し、以後の捜査は言わば敗戦処理……のはずだった。

しかし、事件を巡る警察の動きに違和感を覚えた由香里は、「すべて不可解なことには理由がある」という信念の下、独自に捜査を開始する。

伊勢鉄雄の犯行声明の矛盾点。

現場に落ちていた高村光太郎詩集。

これらが意味するものを突き詰めようとしたところ、警察庁のナンバー3の城村官房長から捜査を止めるよう牽制の電話が入る。

それでも由香里は捜査を続行し、真相に辿り着いた。そして、決定的な証拠を掴むためにある罠を仕掛ける。果たしてその結果は?

今回の事件に思いを馳せ、由香里は思う。

(中略)忠犬のように尽くした伊勢警部に自死を選ばせ、ましてや、権力をもって捜査をゆがめ自家と警察一家の安泰を図る。
 それは私にとって絶望だ。
 警察とは、権力とは、そして一家とは、そんなものであってよいはずがない。
 私はそんな組織に、採用以来二十年の歳月を捧げてきた訳ではない。
 弱者の物語を強者が自由に上書きする。それはつまり、人が人を家畜にすることだ。およそ権力のうち、これほど醜悪なものはない。人々が我々を税金で養うのは、我々を正義に奉仕させるためであって、正義を我々に奉仕させるためではない……断じてない

伊勢警部は将来を嘱望された警察官で、本来ならもっと上の役職に出世していてもおかしくなかった。しかし、家庭内暴力をふるう息子から妻を守るために、妻を家の外に逃がしてからというもの、伊勢はずっと独りで息子と向き合ってきた。

そのために出世も棒に振った。誰かに助けを求めることも出来ず、伊勢家は孤立していた。同じ屋根の下に暮らしていても、それぞれに苦悩を抱えた彼らは孤独だった。

「警察一家」などと言うが、苦しむ伊勢親子に警察は手を差し伸べなかった。どころか、自分たちの安泰のために犠牲になることを求めてきた。

そんなことが許されていいはずがない。

とはいえ、警察庁のナンバー3が牽制を入れてくるほどの事案だ。真相を明らかにすれば、由香里も相応の代償を支払うことになる。

それでも、自らが信じる正義のために、由香里は突き進む。

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