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読書感想文 アガサ・クリスティ「ABC殺人事件」

ある日ポアロの元にABCと名乗る人物からアンドーバーで何かが起こるという内容の奇妙な手紙が届いた。ポアロは一応警察に届けたものの、ただの悪戯だと一蹴される。 しかし、ポアロは嫌な予感がしていた。そして予感は的中する。例の手紙で予告されていた日にアンドーバーでアリス・アッシャーという老婦人が殺害されたのだ。 当初はアリスと険悪だった彼女の夫が疑われたが、どうも彼は犯人ではないらしい。 しばらくして、ABCから次の手紙がポアロの元に届く。そして予告通りにベクスヒルでベティ・

    • 読書感想文 知念実希人「優しい死神の飼い方」

      死んだ人間の魂を「主」の元へと導くことを仕事とする死神の「私」はとある事情から左遷され、犬の姿となって地上に遣わされるという憂き目に遭っていた。 余命幾ばくもない状態で、様々な後悔や未練を持った人々に生前から働きかけることでその未練を解消して地縛霊となることを防ぎ、滞りなく「主」の元へ導く。それが「私」の新たな仕事だった。 しかし、「私」を左遷した上司の手違いで吹雪の屋外に放り出されて凍え死ぬ寸前だった「私」を救ってくれたのが、左遷先のホスピスで看護師として働く朝比奈菜穂

      • 読書感想文 古野まほろ「老警」

        牧歌的な田舎の風情を残すA県の小学校の運動会で19人が殺傷されるという前代未聞の無差別通り魔事件が起きた。 犯人は警察無線を奪って犯行声明を発表した後、同じく奪った拳銃で自殺した。警察が大混乱に陥る中、さらに追い打ちをかける事実が判明する。犯人の伊勢鉄雄は現役警察官の息子だったのだ。 A県警察本部で警務部長を務めるキャリア警視正・佐々木由香里は鉄雄の父親で、警務部に所属する伊勢鉄造警部から話を聞いた。 それによると、鉄雄は中学受験で強いストレスにさらされ、中学ではイジメ

        • 読書感想文 今邑彩「ルームメイト」

          大学進学を機に上京した萩尾春海は、一人暮らし用の物件を探していた時に西村麗子という女性と出会う。同い年で、同じ事情を抱えていた麗子と春海は意気投合し、家賃折半でルームシェアを始めた。 いくつかの取り決めをした上での共同生活は快適だったが、しばらくして麗子の様子がおかしくなる。服や食べ物や音楽などの趣味がガラリと変わったのだ。 とはいえ、ルームシェアを始める上での取り決めの一つに「互いのプライバシーに干渉しない」という項目があったため、麗子の豹変を訝しく思いつつも春海は踏み

        読書感想文 アガサ・クリスティ「ABC殺人事件」

          読書感想文 織守きょうや「花束は毒」

          法学部に在籍する木瀬芳樹は、中学時代に家庭教師として世話になった真壁研一が、結婚を前にして「結婚をやめろ」という内容の脅迫状を送られていることを知る。 木瀬は探偵を雇って調査してもらうことを真壁に勧め、真壁も一度は前向きだったが、なぜか途中で尻込みしてしまう。 そこで、木瀬は真壁に実害が及ぶ前にと、自分で探偵事務所に脅迫状の差出人を突き止めてほしいと依頼する。調査を担当することになったのは、木瀬の中学時代、同じ学校に通う従兄に対するひどい虐めをやめさせてくれた先輩・北見理

          読書感想文 織守きょうや「花束は毒」

          読書感想文 川瀬七緒「法医昆虫学捜査官」

          放火されたアパートの一室から発見された焼死体の体内に大量のウジが湧いていた。警視庁はこの謎を解明すべく、日本で初めてとなる法医昆虫学の導入を決める。 起用されたのは大学の准教授をしている昆虫学者・赤堀涼子。 殆どの捜査員が素人が捜査に加わることに反発していた。しかし、現場に赤堀と同行することになった刑事・岩楯は、研究室にこもって理屈をこねくり回すのではなく、自ら現場に出て証拠を集め、そこから読み取れることから仮説を立て、一つずつつぶしていく赤堀の姿勢に次第にシンパシーや信

          読書感想文 川瀬七緒「法医昆虫学捜査官」

          読書感想文 丸山正樹「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」

          訳あって警察事務の仕事を辞めて職探しの最中の荒井尚人は、唯一の特技である手話を活かして手話通訳士の資格を取得する。 実は荒井はCODA(コーダ:Children of Deaf Adults ろう者の親の子ども)で、かなりのレベルで手話を使えるのだ。 実直な仕事ぶりが評価され、通訳士としての仕事が増えてきたある日、荒井は知る。ろう児施設「海馬(うみうま)の家」の理事長である能見和彦が殺害され、門奈哲郎という人物がその参考人になっていることを。 実は17年前、荒井がまだ警

          読書感想文 丸山正樹「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」

          読書感想文 澤田瞳子「火定」

          奈良に都があった天平時代、遣新羅使が日本に持ち込んだ裳瘡(もがさ:天然痘)が大流行していた。 高熱が続いた後、全身が疱疹に覆われ、やがて死に至るこの病の前には貧富も貴賤も関係なかった。凄まじい勢いで広がる疫病を避けるため、貴族や役人、医者までもが都の外に逃げ出した。 それが出来ずに罹患した者は、貧民の治療に当たるために建てられた施設「施薬院」に運び込まれた。 とはいえ、裳瘡の根本的な治療法はなく、解熱剤を飲ませるなどの対症療法をするだけで精一杯。その上、常駐する医師は町

          読書感想文 澤田瞳子「火定」

          読書感想文 若菜晃子「東京甘味食堂」

          都内のあちこちにある甘味食堂を著者が巡るエッセイ集。誰もが知る有名店から地域の人々に親しまれている店まで、様々な店が登場する。 東京というと、慌ただしい大都会というイメージがあるけれど、著者が訪れる店は基本的にゆったりとした穏やかな時間が流れているように感じる。 同じメニューでも、店によって作り方が異なっていて、それを生み出す店の人間のこだわりや人柄、店主とお客のやりとり、その店がある地域の文化や歴史などといった要素が渾然一体となって、その店独特の雰囲気や趣を作り上げてい

          読書感想文 若菜晃子「東京甘味食堂」

          読書感想文 今邑彩「そして誰もいなくなる」

          名門女子校である天川学園の開校百周年記念式典で上演された演劇部によるアガサ・クリスティ作「そして誰もいなくなった」の舞台で最初の犠牲者役の生徒が本当に毒を飲んで死んだ。 その後、演劇部の生徒が次々と「そして誰もいなくなった」をなぞるようにして殺されていく。勿論生徒側も警戒はしているのだけど、それを掻い潜って凶行は重ねられていく。 その上、被害者となった生徒たちの自宅に、彼女たちの過去の罪を告発する手紙が届く。 犯人の狙いは何なのか? 演劇部の部長を務める江島小雪は事件

          読書感想文 今邑彩「そして誰もいなくなる」

          読書感想文 大崎梢「スノーフレーク」

          函館の高校に通い、東京の大学への進学が決まっている桜井真乃には、忘れられない幼馴染がいた。遠藤速人という真乃と同い年のその少年は、小学六年生の時に亡くなってしまった。 速人の両親、祖母、速人の妹、そして速人自身と、一家全員で車で海に飛び込んだのだ。しかし、引き上げられた車からは速人だけ遺体が見つからなかった。警察は、会社の経営不振による多額の負債を苦にした速人の父による無理心中として事件を処理した。 六年の歳月が経った今も、真乃は速人のことを思い続けていた。そんな真乃の前

          読書感想文 大崎梢「スノーフレーク」

          読書感想文 大門剛明「雪冤」

          15年前の京都で、長尾靖之という男子学生と沢井恵美という19歳の女性が殺され、犯人として八木沼慎一という学生が逮捕された。慎一は最高裁で死刑判決を下されるが、本人は無罪を訴えている。 慎一の父で元弁護士の悦史は息子の無実を信じ、それを証明するために一人で活動を続けていた。しかし、慎一はそんな父との面会を頑なに拒んでいた。そして、自らの無実を訴える手記を弁護士に渡す。 その直後、恵美の妹・菜摘と悦史の元に真犯人を名乗る「メロス」という人物から電話がかかってくる。メロスは菜摘

          読書感想文 大門剛明「雪冤」

          読書感想文 原田ひ香「古本食堂」

          帯広で介護ヘルパーとして働いていた鷹島珊瑚は、神田神保町で小さな古書店を経営していた兄・慈郎が急死し、兄の店と店が入っているビルを相続することになり、上京する。 珊瑚の親戚で、国文科の大学院生で、慈郎の店に時々顔を出していた美希喜を始めとする周囲の人間の手助けを得て、珊瑚は素人ながら何とか店を開いていた。 珊瑚は店を訪れる悩める客の話に耳を傾け、彼らにぴったりな本を勧め、神保町にある店の美味しい料理で心をほぐしていく。 私にとって神保町といえば「本の街」というイメージが

          読書感想文 原田ひ香「古本食堂」

          読書感想文 今野敏「二重標的(ダブルターゲット) 東京ベイエリア分署 新装版」

          安積警部補が係長を務める東京湾臨海署は通称「湾岸分署」、もしくは「ベイエリア分署」だ。歴とした警察署なのだけど、あまりにも規模が小さいために「分署」と呼ばれているのである。 そんなベイエリア分署に事件の知らせが入る。ライブハウス「エチュード」で30代の女性が毒殺されたというのだ。捜査本部が設置され、無差別殺人と被害者を狙った計画殺人の両面で捜査を進めることになる。 現場となった店の主な客層は10代から20代前半であり、被害者は明らかに浮いていた。なぜ被害者は場違いな店にい

          読書感想文 今野敏「二重標的(ダブルターゲット) 東京ベイエリア分署 新装版」

          読書感想文 林真理子「本を読む女」

          大正4年に現在の山梨県の田舎に生まれた小川万亀は読書が好きな普通の少女。実家は駅近くに店を構える菓子屋「小川屋」で、万亀はそこの四女だ。 万亀が幼い頃に父が亡くなってからというもの、店を取り仕切ってきた母は、「女が学校に通うなどとんでもない」という祖母の反対を押し切って、万亀を含む娘たちを学校に通わせてくれた。 とはいえ、別に娘たちの将来を案じてのことではなく、一種の見栄のためなのだけれど。だから娘たちが何を学んでいるのか、何を学びたいのか、関心がない。 そして万亀は「

          読書感想文 林真理子「本を読む女」

          読書感想文 原田ひ香「ランチ酒」

          犬森祥子の職業は「見守り屋」 深夜から早朝にかけて、依頼を受けた対象を見守る仕事だ。見守る対象は、熱を出した子供、老犬、妻に先立たれた男性、認知症を患った女性など、様々だ。 仕事柄、昼夜逆転した生活を送っている祥子にとって、ランチが一日の最後の食事となる。見守りの仕事をした後にガッツリしたランチと、それに合う酒で一日を〆るのが祥子のスタイルだ。 その祥子のランチの描写がとても良い。肉や魚をメインにした、ガッツリ系のメニューなのだけど、風邪をひいた時に食べる卵粥のごとく心に

          読書感想文 原田ひ香「ランチ酒」