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僕らと命のプレリュード 第1話


あらすじ


誰もがアビリティという異能を持つ世界。

母の遺言を守るために戦いたいと願う双子、聖夜と柊。ある日2人は「特殊戦闘部隊」にスカウトされる。それは、「高次元生物」から人々を守るための組織だった。

特部には様々な思いを抱いた隊員がいた。抱えるものは違うが「高次元生物から人々を守る」という同じ思いを胸に、共に戦いながら成長していく。

しかし、 彼らに敵対する者達も現れた。その正体は未来人。戦争によって滅んだ未来を変えるため、聖夜達の時代を支配しようとしていた。

過去の世界で母の助言を受け「現代、過去、どっちも諦めない。今を変えて両方守る」と決意する聖夜。その思いは未来に届くのか。

時と絆が紡ぐ能力バトル小説。

1話 

    息を切らしながら、同じ軍に所属する幼なじみと一緒に、荒れた故郷を走っていた。

    一年中、花の香りがしていた故郷の村。しかし、今香るのは血の匂いだけ。
   長く続く戦争を終わらせるために結成された、中央政府の軍隊が、戦争に関わった僕達を消そうと追ってきている。

    逃げなくては。逃げて、この子と、逃げて……いつか、戦争のない世界で、この子と一緒に暮らすって、約束したんだ。

    だから、逃げなくちゃ……!

「×××!危ない!!」

 気がついたら、僕は彼女に押しのけられていた。

    パァン!と言う音と共に彼女の体を銃弾が貫く。

「えっ……?な、なんで……なんで!!」

 傷口から血が止まらない。彼女を抱いた腕から、命がこぼれ落ちていく。

「嫌だ!死なないで!!死なないでよ……!!」

 ああ、戦争は最悪だ。ごく一部の人間達の、金と、名声と、資源の奪い合いが、何の罪もない人間の命を奪うのだから。

 アビリティはもっと最悪だ。一人一人に与えられた個性なんて言えば聞こえが良い。でも実際はどうだ。

 みんなアビリティを自分のためにしか使わない。挙げ句の果てには戦争の材料になった。

 こんな力、始めから無ければ良かったのかもしれない。

「あと一人居るぞ!撃て!」

 呪ってやる。消してやる。負の感情が溢れて止まらない。

「あ……ああああ!!」

 僕は彼女を横たえて立ち上がった。──刹那、自分の体から溢れた闇が、まるで剣のように鋭い形を作り兵士達を1人残らず貫いた。

 そして、誰も居なくなった故郷でただ1人、立ち尽くす。

 こんな世界なんて嫌いだ。こんな未来にした、過去が嫌いだ。指をくわえてみていた自分が嫌いだ。

 血の海ができた畑を見下ろして、ふと思い立った。

 なら、変えればいい。世界を、変えればいいんだ。

 僕は彼女の髪から向日葵の髪飾りをするりと取ると、自分の服のポケットに入れた。彼女のことは絶対に忘れない。彼女が生きた証を胸に刻み、僕は村の入り口に向かって歩き出した。

 変えるんだ。アビリティで悲しむ人がいない世界に。


「何だ、あのアビリティ……見たことない」

「あれが例の『時』の能力者か……」

 天ヶ原町警察署アビリティ課、入隊試験会場がざわめいてる。人々の視線は戦闘試験が行われている体育館の中央に集中していた。

「よっと!『加速』!!」

「速くて当たらない……!」

 瞳と同じ空色の光に包まれながら、黒髪の少年が、絶え間なく放たれる雷を素早く走ってかわしていたのだ。雷光が空気を裂くバリバリという音と、少年が床を蹴る軽やかな音が、体育館にこだまする。

「遅いぞ!」

 攻撃に集中していた相手の隙をついて、少年が背後を取った。

「なっ……!」

 相手が振り返るより、早く。少年は相手の背中を軽くパンチした。

「3本目!3対0で勝者、宵月聖夜!」

「よっしゃー!」

 宵月聖夜と呼ばれた少年は元気に拳を突き上げた。

「聖夜、おつかれさま」

 控え室に戻ろうとする聖夜に、タオルを持った少女が声をかけた。肩まで伸びた黒髪に、聖夜と同じ空色の瞳をしている。キリリとしたツリ目の聖夜と異なり、可愛らしい大きな瞳をしていたが、雰囲気自体は彼によく似ていた。

「はい、タオル」

「ありがとうな、柊!……柊はどうだった?」

「楽勝だよ。相手の動きを遅くしている間に3発みぞおちに……」

「容赦ないな!?」

「聖夜が優しすぎるんじゃない?聖夜の相手だって容赦なく『雷』を当てにきてたじゃない。相手の人も、悔しかったと思うよ?本気を出してない相手に負けたの」

「あー……そうかな。じゃあ、午後からは本気出す!」

「本気も何も、午後は面接じゃん」

「う……め、面接も頑張る!」

「はいはい」

 2人が会話しながら歩いていると、曲がり角で小柄な少年がぶつかってきた。

「うわっ!?」

「あ、悪い……大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい……次戦闘試験なんですけど会場が分からなくて」

「そこを曲がって右だよ」

 聖夜は廊下の突き当たりを指さして言った。

「ありがとうございます!あ、僕、蓮見司って言うんです。よろしくお願いします!」

 司が、くるんとしたアホ毛を揺らしながら勢いよくお辞儀をする。

「俺は宵月聖夜。ほら、早く会場に行った方が良いぞ」

「あ、はい!!ほんとに、ありがとうございました!」

 司は礼を言いながらパタパタと廊下を走っていった。その、慌ただしくしながらも礼儀正しい様子を見て、柊は苦笑いする。

「変わった子だね。ライバルに対しても、あんなに丁寧なんてさ。今日、結構バチバチしてる人多いのに」

「そうだな……。でも、きっと良いやつだよ」

「そうかもしれないけど……。あ、待って」

 柊は立ち止まり、柱に掛かっている時計を確認した。時刻は午後12時10分。丁度お昼時だ。

「もうお昼だし、控え室の荷物を取ったら食堂に行かない?午後も面接だし」

「あ、そうだな。そうしようか」

 2人は早足で控え室に戻り、荷物を取って食堂へと向かった。

* * *

 食堂は戦闘試験を勝ち抜いた者達で混み合っていた。

「ほんとに半分減ったんだよね……?」

「それだけ沢山受けてたってことだな」

 警察アビリティ課は、義務教育を終えていれば訓練生として入隊が許可されることもあり、非常に倍率が高い。訓練生は警察内の学校に通いながら、任務に同行することになる。

 職務内容は、アビリティ関連の事件の処理である。近年、アビリティによる凶悪犯罪が増えつつあり、アビリティ課の出番も大きく増えた。

「まあ、警察の花形部署だもんね。アビリティ関連の事件は大抵アビ課が処理してるみたいだし」

「あの!」

 2人が声をかけられて振り返ると、司がお盆を持って立っていた。

「よろしければ、ご飯一緒にどうですか!!」

    顔を赤くしながら大きな声で尋ねる司に、聖夜と柊は顔を見合せて微笑んだ。

「俺はいいよ」

「私も!一緒に食べよ」

    2人の明るい表情を見て、司は顔を綻ばせた。

「ありがとうございます!」

* * *

 司も加わり、聖夜達は3人でテーブルに座った。聖夜と柊のお盆の上にはカレーライスが、司のお盆の上には生姜焼き定食が乗っている。

 聖夜は口に運んだカレーライスを飲み込んで、司の顔を見た。優しそうなタレ目が印象的なその顔立ちは、アビリティ課のような戦闘が日常となる職業と結びつかない。

「司はなんでアビ課に志願したんだ?」

 不思議に思った聖夜は、司に尋ねた。

「僕は、自分のアビリティが世の中のために役に立てば良いなと思って志願したんです。高校に進学するか迷ったけど、早く強くなりたくて……」

 司は、少し遠慮がちに答える。それを聞いた柊が、会話の中に入ってきた。

「じゃあ私達と同い年だね。ところで、何のアビリティ?」

「『カウンター』です。……相手の攻撃エネルギーを自分の体に溜めて、倍返しするんです」

「へー!格好いいね。ね、聖夜?」

「うん!すごく強そうだな」

「えへへ……ありがとうございます」

 司は照れ笑いした。頭のアホ毛も照れくさそうに揺れる。

「そういえば、2人はどういう関係で……」

 緊張がほぐれてきた司は、2人に対してずっと疑問だったことを尋ねた。戸惑いながら聞く司に、聖夜と柊は可笑しそうに笑う。

「そういえば、私は自己紹介してなかったね。宵月柊です。聖夜の双子の妹だよ」

「あんまり顔つきが似てないから、よく勘違いされるよな」

「私は勘弁して欲しいんだけどね~」

「えぇ……そんなこと言うなよ。傷つく……」

「はいはい」

 2人は双子で、おまけに仲が良いらしい。司は2人のやり取りに笑みを零し、更に尋ねた。

「2人はなんでアビリティ課に?」

「あ~……」

 聖夜と柊は、気まずそうに顔を見合わせた。

「話せば長くなるんだけど、俺達、両親が居なくてさ」

「え!?」

「お父さんは行方不明で、お母さんは病気で……」

「そ、そんな……ごめんなさい。変なこと聞いて……」

「いや、気にするなよ。俺らが勝手に話してるだけだし」

 申し訳なさそうな顔をする司を優しい笑顔で安心させつつ、聖夜は話を続けた。

「子どもの時に2人で料理しようとしたら火事を起こしちゃって、そこをアビ課の人に助け出されたんだ。その後、隣の家の人に引き取られて……それ以来アビ課に憧れててさ」

「亡くなったお母さんも、誰かのために頑張れる人になりなさいって言っていたから、アビ課に志願したの」

「そんなことが……」

「でも、それだけじゃないんだ」

「え?」

「こうして世の中のために働いて、有名になったらさ、父さんの耳に入るかもしれないだろ。そしたら、父さん安心してくれるだろうから」

「聖夜君……ぐすっ」

「え、司大丈夫か!?」

 司は涙を拭って首を振った。

「大丈夫です……!二人の話を聞いてたら涙が出てきて……」

『面接試験まであと5分です。試験を受ける方は準備して下さい』

 3人はアナウンスにはっとした。いつの間にか、そんな時間になっていたらしい。司は慌てて立ち上がると、2人に向かって勢いよく礼をした。

「聖夜君、柊さん、お昼一緒に食べてくれてありがとうございました!1人で上京してきて緊張してたけど、少し和らぎました!」

「同い年なんだから、そんなにかしこまらなくてもいいよ。な、柊?」

「うん。司君、一緒に頑張ろ!」

 2人の様子に、司は少し照れながら拳を突き出した。

「……一緒に頑張ろうね。聖夜、柊」

「おお……」

「や……やっぱり変かな!?」

 赤くなって慌てる司を見て、2人は笑った。

「うん。頑張ろうな、司」

「またね、司君」

「……うん!」

 聖夜と柊は司とグータッチして、食堂を後にした。


 面接試験を終えて、聖夜と柊は帰路についていた。中学まで、毎日歩いた通学路である天ヶ原商店街。ここには、飲食店から武器屋まで多種多様な店がある。天ヶ原町のショッピングモール的存在だ。

 今はすっかり日も傾き、店を閉めた建物も多く、昼間の活気が嘘のようにひっそりとしている。

「はぁ~頑張った……」

「聖夜、面接大丈夫だった?」

「緊張したけど、言いたいことは全部言えたと思う。柊は?」

「私は問題ないかな」

「自信満々……羨ましいよ」

「あ、あれ!眞冬兄さんじゃない?」

 柊が指さした方向には、背の高い黒髪の男性が居た。大きめのサイズのトレーナーをだぼっと着ており、すらりと長い足をしている。その男性を2人はよく知っていた。

「ほんとだ!眞冬兄ちゃんだ!」

「眞冬兄さーん!」

 聖夜と柊が駆け寄ると、眞冬はニカッと白い歯を見せた。チラリと見える両耳の紫色のピアスが、夕日に当てられてキラリと輝く。

「2人ともおつかれ!どうだった?」

「戦闘試験は楽勝だった!」

「眞冬兄さんが特訓してくれたお陰だよ」

「そっか!良かったな2人とも」

「まさか眞冬兄ちゃんがあんなに強いとはなぁ……動き全部読まれるし、フィジカルも強いし……」

「あはは!まぁ、俺強いからな」

「自信満々ね……」

 柊は呆れたように溜息をついた。先程までの柊も似たようなものだったことを思い出した聖夜は、少し苦笑いしながら、眞冬に別の話題を振った。

「そういえば、眞冬兄ちゃんは探偵の仕事どうだった?」

「俺の仕事?ま、今日もバッチリよ!」

 そう言って眞冬は親指を立てた。

 神崎眞冬。彼は探偵業をしており、この辺りでは有名なのである。小さな探し物から、人探しや事件解決の協力まで、多岐にわたる依頼を受けている。

 聖夜達を引き取った家の娘と幼なじみであり、たびたび2人とも顔を合わせていたため、2人にとって兄のような存在なのだ。

「ところで……夏実姉さんには会った?」

 そして、聖夜達を引き取った家の娘、瀬野夏実。しっかり者で面倒見が良い花屋の看板娘で、2人の姉のような存在である。

 柊が尋ねると、眞冬は苦笑いして首を振った。

「いや……俺が2人の特訓に付き合ってたこと、まだ怒ってるみたいでさ」

「ならさ、俺達と一緒に家に来ない?俺達からも話したら、夏実姉ちゃん許してくれるかも。な、眞冬兄ちゃん!」

「どうだろうな……」

「ケーキでも持っていって謝れば許してくれるよ。ね、眞冬兄さん」

「ケーキか……今月まだ依頼料受け取ってない……って」

 眞冬は2人にキラキラした目で見られて、諦めたように笑った。

「はは……そうだな。2人も頑張ったし、ケーキ買いに行くか!」

 眞冬の言葉に、聖夜と柊は目を輝かせる。

「やったー!眞冬兄ちゃん、早く行こう!」

「お店終わっちゃう前に急ご!」

「おいおい、2人とも焦んなって。ケーキも店も逃げねぇからよ」

 2人に手を引かれながら、ぼんやりと月末までの生活費を心配する眞冬なのだった。

* * *

 ケーキを買って、3人は「フラワーショップ瀬野」と書かれた赤い看板のある建物の目の前に立っていた。当然ながら、もう既に店は閉まっているし、辺りもすっかり暗くなっている。

「……緊張するな」

眞冬が呟く。

「よし、深呼吸して……」

「ただいまー!」

「夏実姉さん!今日の晩御飯、何ー?」

「あ、ちょ、おい!」

 眞冬が落ち着くのを待たずに、2人は玄関を開けた。すると、栗色の髪を肩まで下ろした、整った顔の女性が玄関にやって来たのだ。彼女が、聖夜達の言う「夏実姉ちゃん」である。

「おかえり……って、眞冬……」

 夏実は眞冬を見つけるなり気まずそうな顔をする。

「な、夏実……あのさ」

 何と言えば良いか、眞冬が考えを巡らせていたその時。台所から、エプロンを付けたままの夏実の母がやってきた。

「2人ともおかえりなさい!あら、眞冬君も一緒なのね!」

「あ、明子おばさん!」

 明子は、眞冬を見るなり、嬉しそうに目を細める。そして、彼が手に持ってるケーキの箱に気づくと、顔をぱぁぁっと明るくして言った。

「ケーキ買ってきてくれたの!ありがとね。折角だし、晩ご飯うちで食べて行きなさいよ」

「いいね~」

「眞冬兄ちゃん、早く上がってよ」

 双子に背中を押され、眞冬は戸惑いながらも家に上がった。

* * *

(気まずい……)

 眞冬がごきゅっと音を立ててハンバーグを飲み込むのを横目に、夏実は黙ってハンバーグを食べ進めていた。

「……夏実姉ちゃん、まだ眞冬兄ちゃんと喧嘩してる?」

 聖夜が妙な空気を察して声をかけた。すると、夏実は眞冬から顔を背けて短く答える。

「してない」

「仲直りしなよ」

 柊が苦笑いすると、夏実の母が笑った。

「夏実は眞冬君に怒ってるんじゃないのよ」

 その言葉に眞冬と双子は目を丸くした。

「聖夜君と柊ちゃんが心配なのよね、夏実」

「母さん……!」

「だって、2人がアビ課を受けるの最後まで反対してたじゃない」

 夏実は母を睨むと、溜息をついた。

「2人が誰かのために頑張りたいから、アビ課を受けたのは分かる。でも、何も戦う必要はない。怪我をして、苦しい思いをする必要もないでしょ」

 そこまで言って、夏実は目を伏せる。

「……でも、2人が選んだ道なら、私は何も言えないよね」

「なんだ俺を怒ってたんじゃなかったのか……」

 眞冬がぼそっと呟いたのを、夏実は聞き逃さなかった。夏実は眞冬を睨みながら、静かに、しかし早口で自分の気持ちをぶつける。

「でも、2人が戦うのを後押しするのはできない。それを隠れて後押ししてた眞冬のこと、まだ少し怒ってるから」

「やっぱり怒ってるんじゃん!」

「はいはいそこまで。食後のデザートに眞冬君が買ってくれたケーキ食べましょ!」

 夏実の母がケーキの箱をテーブルに持ってきて言った。

「俺ショートケーキ!」

「私はチーズケーキ!」

 双子が喜んで箱からケーキを取り出すのを見て、夏実は溜息をつく。

 それを見て、眞冬はモンブランを差し出した。

「夏実はモンブランだろ」

「……ありがと、眞冬」

 夏実はモンブランを受け取りながら、小さな声で言った。

「今度からは一声かけて。私、2人が危ない目に遭って……あの子みたいなことになるの、怖いから」

「……ごめん」

「うん……もう、いいよ。ほら、食べよ。眞冬もモンブラン好きでしょ?」

「ああ……うん、そうだな。食べるか」

 2人が仲直りできたのを見て、双子は顔を見合わせて笑った。


試験から1週間後、天ヶ原町警察署の広場で、アビリティ課入隊試験の結果が張り出されていた。

「嘘だろ……」

「嘘でしょ……」

 掲示板の貼り紙を見て、聖夜と柊は肩を落とす。

「どっちも落ちるなんて……」

「戦闘試験も面接試験も自信あったのに……」

「聖夜ー!柊ー!」

 落ち込む2人の元へ司が駆け寄ってきた。

「え、2人とも暗いね!?」

「あ、司……結果どうだった?」

「聞いて!僕、受かったんだ!信じられないよ!!」

「おぉ……良かったな……俺達はどっちも駄目だった……」

 落ち込む聖夜と柊に、司はなんと声をかけたら良いか戸惑った。

「ま、また来年もあるし……」

 その時だった。

「化け物だ!!」

 2人が声のする方に目をやると、全身岩石の人型をした怪物が暴れていた。怪物は大きな1つ目をギョロギョロさせながら人々に殴りかかろうとしている。

 試験結果を見に来ていた人々が悲鳴を上げながら逃げ回るのを見て、聖夜は柊に言い放った。

「止めに行こう!」

 柊も頷き、聖夜と共に怪物の居る方へ駆けていこうとしたが、司に腕を掴まれ立ち止まった。

「駄目だよ!……あれは高次元生物だ。僕達の倒せる相手じゃないんだ!」

 高次元生物とは、人々を襲う異形の怪物である。生息地、出現条件などは一切不明。その生態も多岐に渡る、謎の多い存在だ。

「高次元生物を倒せるのは、特殊戦闘部隊だけなんだ。早く逃げないと!」

 柊は怯えた顔で訴える司の手を振り払った。

「倒せない相手だろうと関係ないよ」

 聖夜も頷く。

「ああ。俺達、誰かのために戦いたいんだ」

 そう言い残すと、2人は高次元生物に向かって駆け出し、拳を振り回す高次元生物の前に立ちはだかった。

「もうやめろ!」

 しかし言葉が通じるわけもなく、高次元生物は聖夜に殴りかかった。

「『加速』!」

 聖夜の身体が空色の光に包まれる。聖夜がバク転しながら高次元生物の動きを躱すと、空色の光が尾を引きながら彼の後を追った。聖夜の素早い動きのせいで、どれほど攻撃しても空振りするばかり。高次元生物は聖夜を睨みつけながら唸った。

「何度だって躱してやる……!」

 聖夜は尚も高速で相手を翻弄し続ける。相手の攻撃は当たらなかったが、このまま躱しているだけでは何も解決しない。攻撃の隙を作ろうと、聖夜は柊に目線を送った。

「うん……!『遅延』!」

 聖夜の意図を汲み、柊が高次元生物に向かって両手を向ける。すると、高次元生物の身体が空色の光に包まれ、動きが極端に鈍くなった。

「聖夜!今!」

 柊の声に頷いて、聖夜は拳を力を込めた。

「『加速』だ!」

 腕の動きを加速させ、拳を高次元生物に打ち込もうとしたその時。

「ウウ……」

 高次元生物の目から涙がこぼれ落ちた。

「え……?」

 思わず拳を下ろした聖夜に、高次元生物が殴りかかった。高次元生物は勝ちを確信したような笑みを浮かべている。

「しまった……!」

 聖夜が思わず目を閉じた次の瞬間。

「吹き荒れろ!」

 その声と共に、聖夜と高次元生物の間に突風が吹いた。高次元生物は風に押しやられ、大きく転倒する。

「何だ……!?」

 聖夜が空を見上げると、空中から青いマントを羽織った少年が降りてきた。彼は風の抵抗でふわりと着地すると、まつ毛の長い切れ長な目で聖夜を睨みつける。  

その少年は背が低く、長い睫毛と結われた少し長い髪はさながら少女のようだ。しかし、その見た目とは裏腹に、その眼光は威圧感が強すぎる。

「邪魔だ」

「え……」

「やつは俺達が始末する。お前は下がっていろ」

「で、でも……!」

 躊躇う聖夜に、少年は言い放つ。

「さっき、お前はとどめを刺すのを躊躇っただろう?そんな奴にあれが倒せるわけない」

「それは……」

 聖夜は口をつぐんだ。

「聖夜!よく分からないけど……ここは任せよう」

 離れた場所から、柊が聖夜に駆けてくる。柊は聖夜に駆け寄るなりそう言った。

「柊、どうして……」

 すると、柊の後ろから歩いてきた銀髪の少年が、微笑みながら答える。

「それは、僕らが高次元生物と戦うことを専門としている戦闘組織……特殊戦闘部隊だからさ」

 銀髪の少年は柔和な表情のまま2人を見た。穏やかな表情のはずなのに、彼の瞳の色も、雰囲気も、氷のように冷たい。

「すぐ終わらせるから、そこに居てくれ」

 彼はそれだけ言うと、高次元生物に向き直った。高次元生物は体制を立て直し、こちらを鋭く睨みつけている。その様子を見て、銀髪の少年は微笑んだまま指を鳴らした。

「凍てつけ」

 すると、一瞬で高次元生物が凍りついた。天ヶ原警察署の広場の中心に、透き通った氷山ができ上がる。

「すごい……」

 柊の呟きに風の少年は短く答えた。

「当然だ……あの人は強い」

 銀髪の少年が指を再び鳴らすと、高次元生物がバラバラに崩れ去った。

「任務完了……だね」

 銀髪の少年は聖夜達の方を振り返ってふわりと笑った。先程までの冷たい印象が、任務を終えたことによって幾分か緩和されている……そんな笑顔だった。

「2人とも、怪我はない?大丈夫?」

「ああ……大丈夫です」

「私も平気です」

「よかった。ところで君達、宵月兄妹を知らないかい?探してるんだけど」

 彼の言葉を聞いて、聖夜は慌てて答える。

「俺、宵月聖夜です!こっちは妹の柊。俺達に何か用ですか?」

「そうか、君達が……」

「聖夜!柊!」

 向こうから司が駆けてきた。司は、ワイシャツに黒いコートを重ねた青年と一緒だった。

「司!」

「怪我はない?大丈夫?」

「大丈夫!」

「そっか……よかったぁ……」

 司はそう言って胸をなで下ろす。すると、その様子を見ていた、黒いコートの青年が、深紅の瞳を真っ直ぐ2人に向けながら、静かに尋ねた。

「宵月聖夜と……宵月柊だな」

「あ、はい……」

「そうですけど……」

「私は志野千秋。特殊戦闘部隊の総隊長をしている。君達をスカウトしに来た」

「え……?」

「そういえばさっきも言ってたけど、特殊戦闘部隊って……?」

 2人が首をひねると、司は慌ててフォローした。

「特殊戦闘部隊って……アビリティ課の姉妹組織で、高次元生物を討伐して平和を守ってる、すごい組織のことだよ!隊員は全員スカウトしてるって噂、ほんとだったんだ……!」

「聞いたことないな……」

「ほ、ほんとに……?」

「私も知らない……高次元生物はアビリティ課の管轄じゃないの?」

 ピンとこない様子の2人を見て、千秋は微笑んだ。

「さぞかし大事に守られてきたんだな。君達は」

 千秋は手を差し伸べた。

「特部を案内しよう。ついてきてくれ」

2話

3話


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