パクス・ヒュマーナ 〜平和という“奇跡”〜 その4.3 平和は相互努力 協定の詳細 平和裏にエルサレムを統治できた背景 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
ネタバレですがフリードリッヒ2世に平和裏にエルサレム統治を快諾したエジプトのスルタン、アル·カーミルもまた評価されるべきかと思います。
NHKさんの作品を取り上げ、平和への1つの切り口、史実を元にした深堀りをするという話です。
(特に駐在したイスラエル、飽きるほどデレゲーションのアテンドデレゲーション行ったエルサレムと私の人生に大きく影響を与えた稀有な経験に直結しています。ですから食い散らかした現役時代を卒業したこともあり、コンテンツとして残す事に意義ありという認識です。立ち止まって丁寧に考察して行きます。)
今回は、平和裏にエルサレムを統治できた背景として、アル·カーミルがアサインした交渉役ファーラッディーンのアイデアで大芝居を打ってまで締結まで漕ぎ着けたヤッファ協定の現実的な内容を考察したいと思います。
協定の詳細に拘(こだわ)るのは、そもそもサラリーマン時代に徹底的に契約書の詳細詰め作業の重要性を教えられ、かつ身に沁みたからです。
閑話
流石に私の関わった契約は公知ではないので大いに差し支えがあります。ですから…
ん〜、例えば、公知の例では東芝さんのウエスチングハウスの原子力事業買収の契約が分かり易いかと思います。
ウェスチングハウス社株式取得による原子力事業の強化について
2006年2月6日
以下の書きっぷりは、ちと如何なものかと思いますが、それ故に印象に残ると思うので迷ったのですが…
敢えて紹介しますね。
当時の社長は西田さん。サラリーマンの成れの果てを経験した身としては、法務や現地の現場信じられなければ演ってられない…。勿論泥は被る覚悟は有るんだけど、ここまでとは思って無かっただろうなぁ~
鉄鋼やITの企業に勤めていた時は、メーカーの余裕が感じられる契約内容でした。ある意味上述の東芝さんの例もその範疇なのかも知れません。
一方で総合商社の時は、メーカーさん出身の私には異次元の緻密さでの契約内容でした。特にリスク回避は徹底的でした。契約書自体が最早芸術作品と思える程でした。
読者の方も、例えばクレジットカードの更新、保険の更新、スマホのアプリの契約等の機会を捉えてたまには契約書を精読するのも楽しいものですよ(笑)
閑話休題
そもそも両者間の膠着を美しく収めたアル·カーミルは相互の面子が立つという趣旨で
大きな戦火をを避けるための協定締結
を提案したのでした。
この条約(協定)でエルサレムとアッコン(私としてはアッコという名前がスッと入ります。)
が、キリスト教徒に譲渡されました。また、巡礼の便の為にエルサレムからヤッファ
迄のアクセスが保証さるました。
因みにヤッファは4000年以上前からのの歴史を有すると言われています。私が駐在していた時もテルアビブから近く、歴史を感じる素敵な街でした。キリスト教もここから地中海経由で広まったと理解しています。
ここまではフリードリッヒ2世の当初の教皇から与えられた目標通りですよね。これで面目躍如。
ここからが現実的な落とし所としての詳細です。アル·アクサ寺院
岩のドーム
のある神殿の丘
また、エルサレム周辺の村は現実的な対応としてイスラム側の統治のまま残されました。この辺りはアル·カーミルの面目を保つ意味で彼が拘った(固執した)ところでした。完璧を狙わず譲れるところは譲歩し、軟着陸するという、まぁ当たり前っちゃ当たり前なんですが、大切なのはその細かな調整が成功して劇的な結果を生んだことです。
ここもまた崇高なロジックが働きます。それを合意すると共に、イスラム教の尊厳を担保する前提でキリスト教徒も祈りのための通行を保証されるという高度な着地点でも合意に至っています。
そして先ずは10年間からの停戦合意もしたのでした。
今の私達のロシア、ハマス、イラン、北朝鮮、中国などの一方的な動きを冷静に観察すると1000年前の先人の振る舞いに比べて如何なものかと感じでしまいますよね。
しかし、大切なのは協定後のリアルな定着作業とセット完成させると言うことで…
つづく
…………………………………………………………………………………………[経緯]
その1では、神聖ローマ皇帝のフリードリッヒ2世がその理性的な能力を発揮し十字軍として交戦すること無く、交渉でエルサレムの統治権を得たという史実の話でした。
その2.1。その偉業を成し遂げたフリードリッヒ2世が3歳で父を亡くし、4歳の時に母方の持つシチリアの王となりました。そしてその理性的な能力の根源を、同年母が他界する4歳までに得たという話でした。そして… (格別の知識·能力を持って)4歳で孤児になったのでした。
その2.2。その後の児童期の話。
母からの幼児期のエリート教育、教皇からの児童期前半のエリート教育、そして多民族の思惑の中で揉まれた経験がファンダメンタルズ形成の礎となったようです。
その2.3。少年期父親の元部下のドイツ人による教育と地中海交易盛んな市中を徘徊し得た経験、そして歴代王の残した蔵書の乱読という話でした。
その2.4はフリードリッヒ(フェデリコ)2世が平和裏にエルサレムを統治できた背景、特に教育という切り口での詳細な考察のまとめでした。
その3は、フリードリッヒ2世に最大の成果に関する関する専門家のコメントを紹介。彼の翻訳活動がルネサンスに及ぼした多大な影響を考察しました。
その日4.1。平和裏にエルサレムを統治できた元はフリードリッヒ2世の異文化交流力。学問の分野で親交の厚かった交渉相手のエジプトのスルタン、アル·カーミルは気心が知れ、戦いを望まないフリードリッヒ2世との関係を上手く利用しエルサレムをキリスト教徒に統治させることで弟の領地との緩衝地帯を設け、兄弟間の無用な争いを回避することを狙ったのでした。
その4.2。アル·カーミルの弟の死が状況を一変。そもそもの交渉の前提が消えた為に形勢逆転。膠着するも、アル·カーミルが、フリードリッヒ2世と親しいファーラッディーンを交渉役に就け膠着を崩しました。そのゲームチェンジャー崇高な理由でエルサレムの平和を実現したのでした。
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