見出し画像

読書感想文  『タスマニア』

『タスマニア』 パオロ・ジョルダーノ (訳: 飯田亮介)

図書館で本を借りようと思ったとき、表紙が綺麗だったのでなんとなく手に取ってみました。
訳者、飯田亮介さんのあとがきの冒頭部分をサッと読んで、何も事前情報なしに一度読んでほしい、というような推薦文を見て、よし、じゃあ何も知らないから読んでみよう、と思って借りてみました。

『タスマニア』

ほんとに何も知らないまま読んだので、登場人物の思考や会話から飛び出るアカデミックなワードにちょっと圧倒されました。
ちょっと衒学的な文章だなあ、なんて思いつつ、それでいて非常に私小説的で(あとがきによると、オートフィクションというジャンルになるらしい)きちんと物語が進んでいくので、読む手が止まらなくなる感覚がありました。

物語は大学の非常勤講師として働きつつ、雑誌に記事を書いて生活をする男性の一人称で進んでいきます。
例えばSDGsや地球温暖化等の環境問題、2015年のフランスで起きた多数のテロ問題、そしてポリティカル・コレクトネス、いわゆるポリコレ的な問題など、多くの社会的問題に因んだ周囲の出来事を見つめつつ、不妊治療による夫婦関係の悪化や友人の離婚における親権問題など、個人的な問題を見つめ直していく、というような流れ。
本当に多くの問題(やそれにぶち当たる人々)が出てきて、非常に面白いです。
これだけの問題が周囲を雲のように浮いていて、それを眺めているようなイメージ。別にそれらに大きく働きかけよう、とかそういうことではないのが本書の面白いところ。学生運動があって、じゃあそれに参加するか、というと違う、けど眺めている、というような。どの問題も遠いようで、ちょっと歩くとぶつかりそうな距離感にありつつ、それを保ちながら個人の問題を解決していく、そんなイメージでした。
でも個人的にはそんな主人公の生き方、社会的な問題との付き合い方が非常に現代的だなあ、なんて思って、結構共感してしまったりしています。
実際、自分自身もそういった大きな社会的な問題についてある種のムーヴメント(例えばデモとか)が社会の一部で形成されていたりするのはなんとなくSNS等を通じて知ってはいますが、じゃあそれに対して自分は、と思ったときに別に何もしないんですよね。それなりに考えもあったりするんですが、何もしない。当たり障りなく生きていく。そういう感覚が、なんか、良いかどうか、というのはわからないんですが、共感できました。

そうした多くの問題の中でも、主人公が解決しなくてはいけない問題が2点。
一つは妻との関係。これは物語の終盤で解決するのだけど、そのシーンは作中で最も美しいシーンだったなあ。主人公は過去の多くの勘違いと暴走を恥ずかしい、許してくれ、と謝る。そこで主人公は、もう妻も出て行ってしまうだろう、なんて考えるのですが、妻は恥ずかしがることはないよ、と。あなたのことで受け入れられないことはないよ、と。
最近、歳のせいか、あるいは自分の彼女との関係を思い起こすのか、この手の愛について書かれると、非常に愛おしいような気持ちになります。小説では妻が主人公より一回り程年上なんですが、その包み込むような愛を本文からしっかりと感じました。
もう一つは作中で主人公は「原爆」についての書籍を書くため、原稿を進めていきます。これが様々な問題から全く進まないのですが、最後の最後で主人公はその取材のために、日本の平和記念式典に出席します。
こうした流れで、本書内では原爆について、自国の受けた大きな傷跡や被爆二世、またなぜ広島、長崎であったのか等々、詳細に記載されています。
非常に恥ずかしい話ではあるんですが、自分は学生時代から「社会」の勉強が苦手で、この原爆についての知識も、いつどこで、ということくらいしかなく、改めてその凄惨さを知りました。
近いうちに、近代史については学びなおそうと少し思っています。。

あとこれは感想とか全然関係ないんですが、本文中にRadioheadやJames Blake、Nick Caveなんかが出てきて、勝手に喜んでました。
日本人が聴く邦楽と、向こうの人が聴くEU系の音楽、やっぱ近い感覚なのかな、なんて思ったりしました。

色々な学びがありつつ、非常に良い読後感で、これまでの読書体験にないタイプの感動がありました。
他にも日本語訳されているものがいくつかあるみたいなので、いずれ読んでみたいなあ、なんて思っています。


この記事が参加している募集

#読書感想文

186,833件

#海外文学のススメ

3,169件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?