『従征緬甸日記』⑬

【原文】
待歟。昔西域准噶爾恃強梗化、久稽天誅。厥後篡弒相仍、人心離散。我皇上乗其釁而討之、遂以滅亡。今緬賊雖苟延残喘、使将来機有可乗。裕謂此日之緬甸、亦猶昔日之准噶爾而已。
【語釈】
・歟 か。←疑問。や。←反語。ここでは反語。
・准噶爾 ジュンガル
・恃強 強きを恃む。と訓読した。
・梗化 強硬になりととった。 
・稽 いたる。(漢辞海)
・厥後 以降。(漢辞海) 
・篡弒(サンシ)臣下が君主を殺してその位を奪う。(漢辞海)
・相仍 あいよってと訓読し、次から次へとの意。
・釁(キン)つけこむべき機会。(漢辞海) 
・苟延残喘 かろうじて生きながらえる。
・乗 勝つ。(漢辞海)
【書き下し】
待つや。昔西域の准噶爾強を恃み梗化し、久しくして天誅に稽る。厥後相仍を篡弒し、人心離散す。我が皇上其の釁に乗りて之を討ち、遂に以て滅亡す。今緬賊苟延残喘すと雖も、将来の機をして有らしめ乗るべし。裕此の日の緬甸を謂いていわく、「亦た猶お昔日の准噶爾のごときのみ。」と。
【現代語訳】
待とうか。いや、待たない。昔西域のジュンガルは兵の強さを頼みに強硬であったが、長い時間が経って天の誅罰を受けた。その後次から次へ臣下が君主を殺しその地位を奪い、人心が離散した。我々の皇帝陛下はそのつけ込むべき機会に乗じてジュンガルを討伐し、ついにはジュンガルは滅亡した。今、緬甸の賊はかろうじて生きながらえているといえど、将来の機械を得てその機会に乗じるべきである。周裕は今現在の緬甸もまた「昔のジュンガルのようであるだけだ。」と言える。

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