『従征緬甸日記』⑫

【原文】
裕観緬甸、不過西南一部落耳。人非勇健、器非銛利。不及中国兵遠甚。惟恃地険瘴重、聊以自固。然将軍以万餘之衆、定木邦、渡錫箔、過天生橋、所向披靡。蛮結一戦、賊已破胆。不難直搗阿瓦、殲厥渠魁。特因糧・馬不継、不得已而還師。意者、天之亡賊、時尚有。
【語釈】
・聊 いささか。わずかにの意。(漢辞海)
・自固 自分をたのみにする。
・披靡(ヒビ)敗軍が敵の威光に服従する様。(漢辞海) 
・直搗 直接攻める。(漢語)
・殲厥渠魁 敵の首領を打ち破る。(百度)
・尚有 不明。
【書き下し】
裕緬甸を観るに、西南の一部落を過ぎざるのみ。人勇健に非ず、器銛利に非ず。中国の兵に及ばざること遠きこと甚し。惟だ地険瘴重を恃み、聊か以て自固するのみ。然れど将軍万餘の衆を以て、木邦を定め、錫箔を渡り、天生橋を過ぎ、向かう所披靡す。蛮結の一戦、賊已に破胆す。阿瓦を直搗すること難からず、殲厥渠魁す。特だ糧・馬の継がざるに因りて、已にして師を還すを得ず。意は、天の賊を亡ぼすこと、時に有するに向かう。
【現代語訳】
周裕が緬甸を監察するに、緬甸は西南の一部落に過ぎないだけである。緬甸人は勇健ではなく、兵器は鋭くない。中国の兵にはまったく及ばない。ただ地が険しく瘴気が重いことを恃みにし、わずかに自分をたのみにしているだけである。しかし明瑞将軍は一万余りの兵士で、木邦を平定し、錫箔江を渡り、天生橋を過ぎて、向かう所敗軍がみな我々の威光に服従した。蛮結の一戦では、敵軍はすでに崩壊していた。アヴァを直接攻撃することも難しくはなく、敵の首領をうち破った。ただ兵糧や軍馬の補給が続かないことが原因で、軍隊を帰還させることができなかった。緬甸征服の意義は、天が賊を滅ぼすことは時勢にそぐわなかったことだといえるだろう。

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