白い髪の乙女
浜辺に散歩に来ていた少女は日焼けを避けて、日傘をさしている。
遠目にも美しい彼女は、露出している肌には余計に周囲の視線が集まる。
艶めかしい素足、膨らんだ胸、細くて白い腕。
青い海を背景に彼女の白い髪は、一層美しさに磨きをかけているように見える。
浜辺で座りながら、ぼーっと彼女を見つめていると、やがて彼女と視線が合った。
恥ずかしくて視線を逸らそうとしたが、彼女がこちらに向かってきた。
ジロジロ見られて不快に思わないものはない…頭の中で必死に言い訳と謝罪の言葉を思考する。
「こんにちは。美しい海ですよね。私もついつい見とれてしまいます。」
彼女は私に近づくなり、そう声をかけてきた。
どうやら海を見ていたと勘違いしているようだ。
私も同意の意を示すと彼女が私の横に腰掛ける。
ふわりと香る彼女の甘い香り。
頭の中は一瞬にして、楽園の園へと追いやられた。
「白い髪の毛って変でしょう?まるで年を取っているかのようで…。」
彼女が恥ずかしそうに髪の毛を触りながら、ぽつりと呟いた。
その瞬間、私の体の中の全細胞が力を結集し、彼女の言葉を肯定的に否定するセリフを見つけ出し、彼女へと力強く言葉をぶつけた。
そこまで本気で応えてくれると思ってもいなかったのだろう、彼女は唖然としている。
しかし、見る見るうちに彼女は笑顔になり、頬を赤く染め、嬉しそうな表情になる。
「…ありがとう。なんだか…元気が出ました。」
彼女はそういうとそそくさと立ち上がり、歩き去っていった。
彼女の後姿を見送りながら、僕は安堵の息を漏らす。
彼女に起きたあることを知ったのは丁度1年前…、この浜辺で今日と同じようにボーっとしているときに出会った友人からだった。
1年前までの彼女は希望にあふれる素晴らしい笑顔で、周囲の人々を明るく照らす、まさしく女神のような存在だった。
しかし、今では自信なく自らのことを自虐的に語るばかりで、希望は感じられず、どこか儚げな笑顔を漏らすばかりだ。
全ては彼女がある病気に罹った影響のためだ。
新種の病気で触れたものの細胞に突然変異を起こさせ、老化を早くさせるというものだ。
彼女はその病気が発症して以来、髪の色は変わり、体力は落ち、見た目の老化はほとんどないものの、体はボロボロであるという。
接触による感染が確認されているため、誰も彼女には近づかないのだ。
彼女と隣り合って話をするなど、言語道断ということになる。
故に私は彼女に近づく異質な存在として周囲からは認知されている。
例え、誰からも理解されなくとも、私は彼女との接触を続ける。
特別な理由があるわけではない、単純に彼女に惹かれているからだ。
ある夏の日、都会から引っ越してきて、周囲になじめず私は虐められていた。都会から来たというレッテルを張って、自分たちを馬鹿にしていると思っていたらしい。
そんな時に唯一味方になってくれたのが彼女だった。孤独にならないように話しかけてくれたおかげで、どれだけ救われたのか知れない。
しかし…残念ながら、彼女は私のことは覚えていない。
老化の病気が記憶力にも影響しており、生活に必要な知識や教養といったことは問題ないが、人に関する記憶だけがほとんど思い出せなくなっているのだ。
例えもう、記憶に残っていなくても、彼女に会えるこの浜辺に僕は通い続ける。
いつか彼女と約束した、彼女がピンチになったときは今度は僕が君を助けると…。
彼女を見送り、僕は歩き出した。
彼女が病気になった日、友人が彼女に会っていたのだ。後で聞いた話だが、彼女に思いを告げたが断られたのだという。
その翌日…彼女は倒れて、病気が発覚した。友人に訳を尋ねると新種の媚薬を彼女に無理やり飲ませてその気にさせようとしたらしい。
その薬が原因で彼女は病気になった。友人に薬の販売元を調べさせたが、どこにもその会社はなかった。
手掛かりは少ない…だが、病気を解明して彼女を必ず救い出す。
例え、どれほど残酷な手段に打って出たとしても。
余談ではあるが彼女の髪は元々は茶髪だった。しかし、ある時から髪の毛の色に変化が生じたのだ。それはある薬を使い始めてからだ。
「やあ、元気だったか?」力なく横たわっている友人に声をかける。
友人は体はやせ細り、目はくぼみ、髪の毛は白くなっている。
媚薬の瓶の内側から摂取した成分を分析して、病気を治す薬を作るために友人に協力をしてもらっているのだ。文字通り命を懸けて。
その薬を彼女に気づかれないように浜辺で打ち込んでいくうちに、段々と白い髪になっていったのだ。
白い髪は彼女が懸命に病気と闘っている証だ。それがどうして美しくないというのだろうか。
今日も僕は病気の研究を続ける。いつか、彼女を救うことができるその日まで…。
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