日曜日に雨

夜中のどこかの街角で、ハザードを炊いたまま、エンジンをかけたまま、その車の持ち主はどこへ行った?
 
 子供の頃から演劇の渦中よりも緞帳の裏にあるかもしれない世界や上手下手に出番が終わり捌けていく人達のその後について想像を膨らませる子供だった。

 信号を無視し続ける深夜の亡霊達。点滅という音のない合図で街を段階的に眠りに連れて行く。
 
 静寂が聞く耳そのものなのか。

 星空。丘。リンゴの木。荒野。太陽は東から西へ移動する。リュックに双眼鏡。
 
まるで童話のような言葉達。心がわくわくする言葉達。絵本は大人が書いている。

あなたと出会って私たちはよく子供の遊びに帰った。狂った世界から抜け出して。

  

 今日は朝からずっと雨が降っている。20時過ぎになって、くぐもった音や何かをしきりに強く叩く鈍い音が断続的に私の部屋まで響いてきた。向かいの戸建ての老夫婦の所だろうと思った。あそこは、旦那の酒癖が悪い。毎日のことではないから、酒が入った日にはああなるのだろうが。
 DVが横行しているのかまでは解らないが、明らかに酩酊した、ろれつの回らないもったりとした口調で妻に怒鳴っている声はたまに聞く。

 今しがた出し抜けに起こった騒音は一体何なんだろうかと野次馬根性が湧いてきた。そんな私の不埒な気を煽るように音は次第に激しくなってきて、ついに我慢ならなくなって玄関まで急ぎ、のぞき穴から確認してみた。
 
 玄関に明かりがついている。引き戸の内側にせわしなく動く親父のシルエットが写っている。私の部屋はハイツの二階の角部屋で外階段を上がってすぐの部屋に住んでいて、件の戸建ては少し見下ろす形になるがまあ、真正面という位置関係になる。とはいえ、距離にして4mくらい先で雨降りで見通しが良くないので何をしているのか判然としない。

 そうしてしばらく、片目を閉じてみていたが、どうやら親父は引き戸の立て付けが悪かったので無理に引っ張ったり叩いたりしてしていただけの様だった。

 一日雨が降っていた日曜日で一歩も家から出ていなかったし、比較的、私は暗い性格の持ち主なのであらぬ想像をついしてしまっていた。もし、殺人とまではいかないまでも、殴る瞬間を目撃したならば近隣住民として警察に通報しないといけないだろうか、と覗きながらそんな事が頭の片隅にあった。が、何でも無かったのだ。
 

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