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「ライター入門、校正入門、ずっと入門。」vol.7

「校正・校閲の仕事を専門とするプロフェッショナル集団」聚珍社の中嶋泰と、フリーライターの張江浩司が多種多様なゲストお迎えしつつ、定期的に酒を飲みながらぼんやりと「書くこと、読んでもらうこと」について話していくトークイベントの模様を、ダイジェストでお届けします。

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そもそも「記者ハンドブック」とは?

張江 司会を務めます、ライターの張江浩司です。

中嶋 このイベントの主催をしています、校正専門会社「聚珍社」の中嶋です。

張江 今回は前回に引き続き、校正者の方にお越しいただいて「記者ハンドブック」、略して記者ハンの話をするという、かなりニッチな内容になります(笑)。

中嶋 前回はけっこう校正者の方々が観てくれてたみたいなんですよ。今回も業界視聴率は高いんじゃないかと思います。

張江 校正業界の「ゴッドタン」を目指すしかないですね(笑)。ではゲストのみなさんどうぞ!

(ゲスト登壇)

一色 XOXO EXTREMEの一色萌です。よろしくお願いします。家を探しても以前使ってた記者ハンが見つからなかったので、最新のものを買ってきました!

高倉 聚珍社の高倉です。よろしくお願いいたします。

渋谷 新潮社校閲部の渋谷です。よろしくお願いします。

中嶋 記者ハンドブックを簡単に説明すると、新聞の記事を書くときの規範となるような書式、用例が載っているもので、共同通信社が出版しているものなんです。朝日新聞や読売新聞など、他の新聞各社もそれぞれの「用字用語集」を出版してるんですけど、共同通信の記者ハンが一番角が立たないというか。野球で言うとヤクルトみたいな(笑)。国に例えると、アメリカと中国どちらかに寄るとまずいので、とりあえずスイスにという感じですね。

一色 勝手に例えてますけど大丈夫ですか?(笑)

張江 校正にも商業印刷や雑誌、書籍など、色々種類がありますけど、どのジャンルの校正者も持っているものなんですか?

中嶋 そうですね、基本的には一人一冊持っていると思います。

渋谷 文芸系の校閲では記者ハンドブックの一般的な表記ルールを適用する機会がそんなに多くないですね。公的な性格の強いテキストに関しては、社会一般に共通している標準的な表記が必要だっていうことで、用字用語集が必要になってると思うんですけども。

中嶋 渋谷さんが校正されている文芸の書籍は著者が選択した言葉が優先ですから、記者ハンではこうなってるからといって赤字入れませんもんね。

張江 一色さんは雑誌の編集部でアルバイトするときに使ってたんですか?

一色 そうですね、「この単語ってどうやって使うのかな?どういう文脈で使えばいいのかな?」っていうときに参照してました。辞書みたいな使い方ですね。

中嶋 見た目も辞書っぽいんですよ。

張江 じゃあ、頭から読んで内容を全部覚えるような本ではないんですね。

高倉 辞書と同じで、何回も引いてるうちに結果として覚えちゃうっていう感じです。引かない部分はいつまで経っても覚えられない(笑)。辞書は見かけないような言葉も載ってますけど、記者ハンは日常でもよく見かける言葉が並んでます。

張江 実践に即した内容なんですね。

中嶋 例えば、地名でいうと「ベニス」と「ベネチア」どちらが一般的なのか、とか。

張江 あー!よく迷うやつですね。

中嶋 新聞のルールとしては「ベネチア」なんですよ。英語のスペルとしては「Venezia」なんですけど、「ヴェネツィア」ではなく「ベネチア」と表記すると。

張江 こういった新聞で原稿を書くときのルールがあって、それを新聞以外の人も参照してるってことなんですね。

中嶋 絶対的なルールというわけではないので、「こっちの方がいいですよ」という指針って感じです。

張江 音楽業界にも、海外のアーティストの表記がだんだん変わってきているっていう問題があるんですよ。ニルバーナの「カート・コバーン」が、最近は「カート・コベイン」になってたりとか。そろそろ「マイケル・ジャクソン」も「マイコー・ジャクスン」になるかもしれない(笑)。

中嶋 昔の方が英語発音に近い表記だったこともあるんですよ。明治時代だと、ゲーテ(Goethe)はギョエテって表記されてましたから。

渋谷 有名な川柳がありますよね。「ギョエテとは 俺のことかと ゲーテ言い」っていう。当時から表記の揺れはあったんですよね。

中嶋 日本人でも、僕が子どもの頃は「坂本龍一」さんは「坂本竜一」っていう表記でした。新聞のラテ欄とかでも。

一色 えっ、そうだったんですか?

中嶋 「龍」が常用漢字から外れてるんですよ。長嶋茂雄さんの「嶋」もそうですね。常用漢字は、基本的に学校で習う範囲の漢字だと思ってもらえば大丈夫です。

張江 常用漢字は法律で決まってるんですか?

渋谷 内閣告示されてます。2010年に改定されたばかりです。

一色 あ、10年くらいたってるんですね。もうちょっとこまめに増やしてもいい気がしちゃいます。

中嶋 「苺」っていう漢字は2004年から人名用漢字になったので、名前に使えるようになったんですよ。

渋谷 清の時代に作られた康熙字典によると、漢字は全部で47000字くらいあるらしいんですよ。一方で、現在常用漢字は2136字で。

張江 え、45000字くらい使われてない漢字があるってことですか!

渋谷 なので、常用漢字というのは、日常で頻出するごく一部の漢字っていうことなんですね。

中嶋 なんで常用漢字というものができたかというと、日本が戦争に負けたときにアメリカは「日本は国民が新聞を読んでないから、あんな愚かな戦争をしてしまったんだ」と考えたんですよ。

張江 国民が正確な情報に触れられなかったから、政府が暴走して戦争になったってことですか?

中嶋 そうです。で、新聞を読めなかったのは漢字が難しすぎるせいで識字率が低いからだろうと。なので、漢字を廃止しようとしたんですよ。でも調査したら当時の識字率は約98%だったんです。「だったら漢字使ってもいいよ」と(笑)。「でもなるべくシンプルにしようね」ということで常用漢字が決められたんですね。

張江 「低い識字率のせいで特攻とかやってたんだろう」と思ったら、めちゃくちゃ高かったわけですよね。アメリカは「え!じゃあ、なんで!?」ってめちゃくちゃビビったんじゃないですか?(笑)

一色 一番怖いかもしれない(笑)。

渋谷 彼らは26文字のアルファベットで世界を表せるわけで、世界観が全然違いますよね。翻訳ものの校正をしていると、漢字や仮名が交混じって、時にはアルファベットまで入ってくる日本語と、1種類の文字しかない英語やドイツ語は全く違うなと改めて思いますよね。

一色 翻訳するときにどの漢字を使うかでニュアンスも変わりますもんね。「思う」と「想う」とか。

渋谷 だから用語用字集が必要なんですよね。

一色 おお、必要性が出てきた!

考えれば考えるほど“変”な日本語

張江 英語にも例えば「Battle」と「Fight」みたいな、意味は似ているけどニュアンスが違う単語はあると思うんです。でも、日本語は意味も発音もほぼ同じで、字面が違うっていう。

渋谷 「正書法のない日本語」(岩波書店)という本があるくらいですからね。正書法とは、「ある単語をどう書くか」ということが一つに決まっていることなんです。例えば「にわとりがたまごをよっつうんだ」という文。これを英語で書くと、「The hen laid four eggs.」ですよね。日本語だとどう書きます?

張江 まず漢字で「鶏」と書くかな?

渋谷 でも、ひらがなかカタカナでも間違いじゃないですよね。「たまご」も「卵」と「玉子」2種類の漢字があるし、「よっつ」も「四つ」か「4つ」。「うんだ」もニュアンスの違いがありますけど、「産んだ」と「生んだ」がありますね。

張江 うわ……。日本語キモいっすね(笑)。

一色 みんなで書いたら全く違う文面になる可能性高いですよね。

中嶋 今出てきただけで24通り(3×2×2×2)の書き方がありますから。

張江 英語は1通りなんですよね?それは合理的な考え方になるわ。

一色 その分、表情や身振り手振りでニュアンスをつけるんでしょうね。

高倉 英語はさっきの「Battle」と「Fight」みたいに、ニュアンスの違いがちゃんと単語で表されてるみたいなんですよ。日本語だとどちらも「たたかい」になるから、翻訳するときは漢字の表記でそのニュアンスを出すことになるそうです。

渋谷 日本語は必ず「子音+母音」で一つの音節をなす、「開音節」という性質があるんです。でも英語はそうじゃなくて、例えば「think」は「thi」で一音節ですし、最後は「k」で終わってる。つまり、日本語よりも多い音で言葉を発話できるんです。比べて日本語は性質上、同音異義語がとても多いので、文字で意味やニュアンスの違いを表すことになったということなんです。アメリカやフランスで正書法の確立が重視されたのは、公的な文章でニュアンスが食い違ったら話にならないからなんですね。でも、日本は未だに「にほん」か「にっぽん」かさえ定まっていないという。変な国ではありますよね(笑)。

一色 確かに!変だ。

張江 記者ハンはある種の正書法が載っている本だとは思うんですけど、それを民間の会社が出版してて、会社ごとに微妙に違っているっていうのも、変っちゃ変ですよね(笑)。

中嶋 政府が定めているものもあるんですよ。公文書や法的な文章を書く際に使われます。

張江 でも、統一はされないんですか。

一色 それぞれが書きたいニュアンスがあるってことなんですかね。椎名林檎さんとゴールデンボンバーの歌詞では、表現したいことが違う、みたいな(笑)。

渋谷 そもそも日本語は話し言葉しかなかったところに、漢字を大陸から輸入したんですね。万葉集とかの時代に。それが万葉仮名なんですけど、これなんて読むかわかります?

宇良宇良尓 照流春日尓 比婆理安我里 情悲毛 比登里志於母倍婆

一色 うらうら……?

渋谷 そうですそうです、「うらうらに てれるはるひに ひばりあがり こころかなしも ひとりしおもえば」ですね。万葉集19巻、大伴家持の歌なんです。古事記なんかもこういった万葉仮名で書かれてます。最初の「宇良宇良尓」の部分は、大和言葉にあった「うらうらに」を書くために音だけで漢字を当ててるんです。一方で、「情悲」は漢字の意味と内容が近いから使ってますよね。ここから、表音文字と表意文字に分かれていくんです。万葉集には「防人の歌」っていう地方出身者の歌もあるんですが、方言も万葉仮名で表現されてるんです。元々の大和言葉に音か意味が近い漢字を探して当てるって、ものすごい作業ですよね。

一色 今日は国語の授業ですか?(笑)

渋谷 いやー、「なぜ用字用語集が必要なのか」を考えてたら、ここまで考えてしまいました。

張江 日本語の深淵に触れて、「日本語キモい……」ってなってます(笑)。

使ってはいけない日本語

張江 今日は私だけ記者ハンを持ってないんで、気になる内容をピックアップして教えてもらおうと。「差別語」っていう項目があるんですけど、何が書いてあるんですか?

一色 まずそれをチョイスするんですね(笑)。

張江 これは気になるところというか、やっぱり大事なので。記者ハンには基本的に「こう書くべき」ということが載ってると思うんですけど、ここは「こう書いてはいけない」なのかなと思って。

高倉 そういうことですね。例えば「坊主頭」って言うじゃないですか。でもこれは「坊主」が職業差別にあたるので、「スキンヘッド」を使うのが適切なんですよね。他にも「床屋」「八百屋」「魚屋」とかも職業差別にあたるみたいです。

張江 え、そうなんですか!

高倉 「〜屋」というのが「日銭を稼いでいる」みたいなニュアンスがあるみたいですね。「理髪店」「青果店」「鮮魚店」を使ったほうがいいです。

中嶋 愛称として、「地元で愛されている八百屋さん」のように使うのは問題ないです。

高倉 「百姓」や「部落」についても難しくて、インタビューなどで当事者が使うのはOK、でもインタビューする側はNG。

張江 黒人コミュニティーの方が自分たちを指してNワードを使うのはいいけど、外側の人間が使っちゃダメっていうのと同じ構造ですね。

渋谷 公的な性格の強い場でどのような言葉を使うかはすごく気をつけるべきなんですけど、文芸の場合はまた違って。一昨年の翻訳のベストセラーに「掃除婦のための手引き書」(講談社)があるんですが、「掃除婦」は職業差別にあたるので、本来は「清掃作業員」にするべきなんですけど、それだとニュアンスがかなり変わっちゃうんですよね。

一色 「使用を避けたい言葉」というのもあって、「チャリンコ」とか載ってますよ。

張江 チャリはなんでダメなんですか?下品だから?

渋谷 おそらくヤクザや博徒に起源があるからじゃないでしょうか。「やばい」とかもそうだし、俗語はそういった起源を持つ言葉が多いです。

張江 あー、なるほど。「テンパる」も元は麻雀用語ですもんね。

中嶋 組み合わせで不快語になっちゃうのもあるんですよ。「名古屋はパチンコのメッカだ」とか。

張江 それはなぜ……?

中嶋 メッカの人が不快に思うかもしれないから。

張江 あー、なるほど!そういうことですか!

中嶋 聖地ですからね。

高倉 「書いちゃいけない」はもう一項目あって、「商標登録と言い換え」もそうです。「QRコード」は商標登録されてるから、「二次元コード」に言い換えましょう、とか。「チェキ」や「ポラロイド」も富士フイルムの商標ですね。

一色 「ホッチキス」もですよね。

高倉 そうですね、色々あります。差別語、不快語は避けるべきですけど、商標に関しては例えば私物そのものを指すときは問題ないみたいです。

一色 ここらへんの言葉は日に日にアップデートしていくから、常に意識しないとですね。

ルールを知った上で自由に書く

高倉 かなり細かいことまで載ってるんですよ。「助数詞適用の基準」とか。

張江 助数詞というと、「うさぎは1羽と数える」みたいなやつですか?

高倉 そうです、記者ハンには「動物は『匹』で数えるのを原則とする。ただし鳥類は『羽』で数え、大型の獣類は『頭』で数えることもある」とありますね。

張江 大きさで分かれるのか。

中嶋 ゴールデンレトリバーみたいなでかい犬は頭ですね。

一色 観賞魚で、ディスカスっていう平べったい魚がいるんですけど、それは枚で数えるんですよ。

張江 おしゃれな数え方!でもそれを知らない人が見たら誤植だと思いますよね。

高倉 熱帯魚の専門誌なら枚で、新聞などの一般紙なら匹になると思います。

張江 厳密すぎて間違って見えることもありますもんね。

高倉 さっき「たまごがよっつ」っていう例文がありましたけど、4と四の使い分けも記者ハンに載ってますよ。

中嶋 基本的には、数が可変する場合は洋数字で、変わらない場合は漢数字です。例えば、「四天王」は「三天王」や「五天王」にはならないじゃないですか。だから漢数字を使うんです。「三種の神器」や「一人前」もそうですね。

高倉 こういうことを知っていると、新聞を読んだときに「この表記になっているということはこういう意味なんだ」ってわかるようになると思います。

張江 文面から読み取れる情報量が増えるんですね。

高倉 校正するようになってから記者ハンを読んで、今まで何気なく使っていた表記とか、「」と『』にもルールがあるんだ!っていうことに気づいたんです。

渋谷 意図がわかれば、そこに込められた意味やニュアンスを読み取れるようになるんですよ。

張江 いやー、今まで厳密な使い方を気にせず、原稿を書いたあとは編集さんと校正さんにお任せしてたんで、これからはちゃんと勉強します……!

中嶋 まあ、でもそういうライターさんがいるおかげで校正者は仕事できるわけですから(笑)。

高倉 誤字脱字よりも、そういうニュアンスのチェックの方が多いですもんね。

中嶋 最近だと、「コロナ禍のしゅうそく」を「終息」と「収束」どちらで書くかとか。

高倉 私はけっこう悩んでいろいろな先輩に聞いたんですけど、記者ハンには「新型肺炎の終息を宣言」っていう例文が載ってるんです。でも、コロナ禍は今のところ終わる気配がないので、「収束」を使っている人が多かったですね。

一色 「完全に終わらないまでも、落ち着く」くらいのニュアンスですか。

高倉 そうですね、事態が落ち着くという意味は「収束」なので。

渋谷 記者ハンにしても、やっぱり言葉をルールで閉じ込めるっていうのは多分無理なんですよね。時代によって言葉は変わっていくので、あくまでもその時点での目安というか。

張江 なるほど、でもその目安があるっていうことを知っているということが大事なんだなと思いました。知った上で準拠するのか、それだけだと表現できないニュアンスがあるから逸脱するのか、どちらを選ぶかはセンスなのかなと。

中嶋 たまにTwitterでもとんでもない文章書いてる人いますからね。記者ハンを買って読んだ方がいいと思いますよ。

張江 芸能人にリプ飛ばしてる人に多い気がします(笑)。

vol.8のアーカイブ配信中!

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今回は絵恋ちゃんとトリプルファイヤーの吉田さんという、ミュージシャンでありながら自分の生活や思考を文書に落とし込む名手のお二人をお招きします。
もちろん、一色さんもいらっしゃます。
こちらの模様はアーカイブ配信で10月7日までご覧いただけます。

https://twitcasting.tv/loft_heaven/shopcart/99558

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