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切られたくない.と思いながら、安井金毘羅宮に行ってきた。

土曜日の夜。私は夜行バスに揺られていた。
ずっと存在は知っていたけど、それこそ縁がなくお世話になっておることはないと思っていた
『安井金毘羅宮』にお参りするために、京都に向かっていた。

「こうなりたい」という理想があっても、
人様の気持ちを無理やり動かすのは無理な話、失礼な話だし、
なんなら自分の気持ちすら思い通りにいかない。よくわからなくなってしまっている。
いくら素直に生きても、願っても、上手くいかない。

自分にとっても、自分の大切な人に対しても、
どうするのが正解で、幸せな未来になるのか、まったくわからなくなってしまった。

もうこうなったら、神様に導いていただくしかない。と思った。
どこまで他人任せなんだ.と言われてしまいそうだけど、
もう自分でどうしようもないのだ。


正直とっても怖かった。
かなり手厳しく縁を切られることもあると聞いていたから。
本来、彼との縁も、昔好きだった人との縁も切りたくない。
彼とは結婚したいと今でも思うし、昔好きだった人は尊敬する友人としてこれからも関係を持ちたかったし。

でも彼と、たくさん努力してもうまくいかないし、
結果昔の人がよぎってしまうし。
2人から離れた方がいいんだろう。2人とも違うんだろう。
でも、上に書いたような私の希望もある。


「祈って切ってもらっても、自分の行動が伴わなければ戻ってしまうこともある。つまり自分の気持ちも重要。」
「力がかなり強いから、お参りは最終手段にした方がいい」という意見も見ていたから、
直前まで、行くか行かないか悩んでいた。
切れたくない。怖い。お参りする以前に、まだ自分でどうにかできるのではないか?と思った。

でも、仮に自力でどうにかできたとして、それで自分はいいとして、
彼にとってもそれが幸せな結果になるのかわからない。
大切な人が幸せになるのであれば。
切られてしまっても致し方ない。
もしかしたら切られないかもしれないし、それならそれで間違いないと思えるのだろうし。
そう思って、意を決して行ってきた。

…といいつつ(笑) 夜行バスを予約してからも、
エターナルサンシャインみたいな気持ちになっていた。

どんな気持ちだよって、なんだかうまく言えないのだけど…
前のnoteに書いたとおり、私にとって離別は死別に値するほど苦しいものだから、
好きだった気持ちや記憶がなくなれば楽なのになって思っちゃう。
どうしようもないのであれば。別れる他ないのであれば。

でもそれも本当は嫌なのだ。本当は、これまでの大切な記憶は大切に持っていたい。
これからも大切な記憶をたくさん増やしていきたい。
そんな現実と理想の矛盾。
それが、映画エターナルサンシャインと安井金毘羅宮に行こうとしてる自分の心境で、少し重なった。

過去のの幸せ・これからの幸せを失ってしまうのかもしれない。そんなの嫌だ。
でもそうするのがお互いのためなのかもしれない。
もしもこれが悪縁なのであれば。お互いの幸せを邪魔する縁なのであれば、切れた方がいい。
でもやっぱりそんなの嫌だ。
でも、どうしたらいいのかわからない。どうしようもない。


やだな、一緒に幸せになりたかっただけなのに。
本当は記憶もなくしたくないし、縁も切れたくない。
ただただかなしい。でも仕方ない。


全国的に晴れて暖かい日だったのに、京都は雨で寒かった…

神社についてからも、やっぱりやだなーという気持ちだった。
でも仕方ない。「大切な人が幸せになれますように。」と祈りながら、お参りをした。
「なるべく優しい切り方をしてください。」なんて甘ったれた気持ちも持ちながら。
でも自分も相手に優しくしたい、自分の優しさからなんです…と正当化しながら。
そのくらい、私にとって私にとって彼は大切な存在で,
関係が切れるのは、辛く、悲しく、耐えがたいものなんです……


「縁切り」のお守りがとても可愛らしい色合いで…いただきたくなったものの(理由w)
やっぱり「切られたくない」という気持ちが拭えなかった。
なんだか中途半端な気持ちだな、と、自分に嫌気がさした。
悩んだ結果、やっぱり「幸せになるためだ!自分も彼も!」と思って、
縁結びと縁切りのお守りがセットになったものをいただいた。

大丈夫。きっと大丈夫。未来は良くなる。
自分も幸せになりたいし、それより好きな人を苦しませたくない。
好きな人に幸せになってもらいたいと思うから。
悪いものを切らないと、上手くいかないと思うから。

ところで、そんな気持ちでお参りしている中、
一緒に付き添って来てくれた友達に「縁みくじやろうよ!面白そうじゃん!」と言われた。
私は普通のおみくじでいいと思っていたが(運勢占いたいわけではなかったし、普段ご助言をいただくために引いたりもするが、そんな感じのでもなさそうだったし、なによりもう気持ちがいっぱいいっぱいだったから笑)
「面白そうじゃん!」と言ってくれる明るい友達と、面白いことをしたくなった。

結果、私は中吉、友達は末吉。
このおみくじには「あなたがご縁を持っている方との悪縁度」というのが書かれていて、
私は15%、友達は50%だった。笑
友達こそ、切りたいと思う縁もなにもないのに笑

今ネットで調べたら、大吉の人でも10%だったりするらしいし、なんだか15%という数字を見て安心した。

あと、縁みくじには崇徳上皇の御歌も書かれていて、
私が引いたのは以下の歌。

春の夜は 吹きまふ風の うつり香を
         木ごとに梅と 思ひけるかな

千載和歌集/崇徳院

私は昔から天神様にお世話になっていて、
天神様といえば梅!だし、
縁みくじには梅の香りがほんのりつけられていたので(なぜ梅なんだろう…)
なんだかとても嬉しくなった。
境内には「安井天満宮」様のお社もあって、お参りできてよかった。

安井金毘羅宮を知ったのは多分、過去に浮気されて嫌な思いをしたとき?とかで、
「怨念がすごい」みたいなのも見ていたし、
嫌な思いを自分もしたものの、人の不幸を祈るようなのは怖いと思うタイプなので、
そういう意味でも安井様は怖いな、近づけないなと思っていた。
結構スピリチュアルを感じるというか、霊がこわい系なので。笑

でも、実際行ってみたら、そんなに怖い感じはしなくて!
結構街中にあって、日が入りやすそうな感じだったからかな。
境内が想像よりは広かったからかな。(といいつつ、自分が参拝を終える頃…10時前にはかなり混み合っていたが。)
それに不倫とか人の不幸を祈る系の人ばかりというわけでもなく、
なんなら、多分みんな、幸せになりたくて来てるんだろうな、
前向きになるためなんだろうな、と思った。

御朱印帳を持ってこなかったので書置きでいただいたのだけど、
書置きでも目の前で白紙から書いていただけた。多分初めてな気がする。
(書置きは時間短縮のためにあらかじめ書かれている(日にちや判子のみ目の前で入れてもらえる)ことが多い。)

ご丁寧で親切…心優しく、書いてくださった方も穏やかそうな方で、
なんだかとても嬉しい気持ちになった。こちらまで心が癒された。


なかなか自らの強い意志で、「悪縁は切ってやるぞ!」と意気込むとかはできなかったけど、
神頼みになってしまったのだけど、
どうかどうか、良い方向に導いていただけますよう…。

私ができること。感謝と優しさと素直さをもって、これからも真面目に生きていこう。そう思う。


―追記――――――――――――――
最近、待ちゆく人が昔好きだった人に見えてしまう現象が起こってる。
会えなすぎるせいで、会いたすぎるせい! 無意識に探してしまっている。
7年前の春も、同じ人に対して同じような状態になっていた。
全く成長していない。。完全なループ。。

このループから抜け出したいから、今回はちゃんと会って終わらせたいのに。

今この記事を読み返して、縁むくじの御歌を見て、
自分じゃないか!となってしまったわ笑

ちょうど春だし、
「木ごとに梅」と思ってしまうほど、梅の香りが良くて広がりやすいわけだけど、
昔好きだった人も同じく魅力的で…人ごとに彼と思ってしまうわけで…
いかんいかん。なにを言っているんだ私は。笑

ついLINEの返信を待ってしまうから、そしてヘマをするから、
私も平安に生まれたかったな。笑

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