ロマンの生物学(4) ~シリコン内人体モデルについて~

さて、千年後にヒト体内のすべての生体分子をシミュレートできる性能をもったコンピューターができたとしよう。
それだけの性能があっても、いきなり成人のシミュレーションとは、残念ながらならないだろう。
食わせる成人の分子配置データが得られないからである。

成人のすべての体内分子の、ある時点での位置と動きと、ひょっとしたらエネルギーの状態までも測定するには、コンピューターとは別の技術が必要になってくる。
これは現在でも色々なタイプの顕微鏡が開発されて、色々なタイプの測定がされているのだが、あくまでも顕微鏡レベルだ。
コンピューターの進歩と調子をあわせて、千年以内にこの分子測定技術も人体レベルまで進歩すると仮定するのは、いくらなんでも調子がよすぎるだろう。

けれども方法が全くないわけではない。
受精卵のデータならば単純だから、使えるかもしれないではないか。
受精卵は、最も単純なヒトである。
人体の複雑性は、この時点ではまだ発現しておらず、その多くが遺伝子内に塩基配列のデジタルデータとして収まったままである。
受精卵の分子データもろともコンピューターに食わせるにはうってつけであろう。

といっても分子配置の測定技術の方は未発達という前提なので、受精卵といえども実測データは得られない。
そこで実測データの替りに、受精卵の理想的な分子配置を、データとして入力することになるだろう。
もしもそれまでに受精卵の研究が完璧になっていれば、コンピューター内の理想的な受精卵は細胞分裂を始め、20年後には成人まで成長するハズである。
コンピューターに余力があれば、20年も待たずに時計の速度を早めたっていい。
遺伝子に変異を入れてその効果を調べるには、理想的な状況といえる。
なにせ失敗したと思ったら、時計の逆回しだってできるかもしれないのだ。

このようなコンピューター内人体は、最初は製薬会社によって開発が進められるだろう。
新薬を探すのに役立つからである。
もう臨床試験という名の人体実験だって、しなくて済むかもしれない。
可哀そうな実験動物の数だって、減らせるだろう。
コンピューターの中の人には悪いが。

コンピューターの中で理想的な受精卵が正常に発達すれば、正常な人体ができるだろうし、脳の働きも当然、正常となるだろう。
そのようなものをあちこちいじって病気にして治すことを繰り返していれば、人権団体が一時的に騒ぐかもしれない。
けれども相次ぐ新薬の発見の前には、騒ぎは下火にならざるを得ないだろう。
だいたい実際にやってることは、シリコン上で0と1をいじっているだけなのだ。
むしろ問題なのは、コンピューターの中の人が、意識を持つだろうことである。
ええっ?

科学者の中にも、意識をなにか特別なものと考える人は多いが、筆者はそうは思わない。
だいたい犬を飼ったことのある人ならば、犬に意識のあることは知っている。
犬には犬の意識があり、猫には猫の気分があるのだ。
意識はなにも人類だけに与えられた特別なものではない。
となれば、コンピューターの中で正常に成長した人体が、正常な脳の働きとして意識をもつのは当然のことだろう。

(登場人物紹介)
シリコンちゃん: 超わがまま。

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