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夢子の剣

 十年の修業を経て夢子は田舎寺の住職となった。もともと素質はあったが、修業を通じて夢子の霊能力は師匠の力をはるかに超えた。夢子が住職として独り立ちする日、師匠は「その力、人々のために十分使えよ」と言った。

 霊障に悩む人は多い。夢子の評判はたちまち広まり、田舎寺は相談者であふれかえった。遠くから車で来て、境内にテントを張って順番を待つ人も現れるようになった。

 夢子は、相手を見れば、前世の因縁、今生の因縁が瞬時に分かった。ちょうど映画を一本見終わったような感じになる。悩みの多くは霊障ではなく、その人の今生の課題なのだった。夢子はありのままを相手に話す。霊障でないと分かって、安心し、明るく帰っていく人が多い。

 相談者が本当に動物霊その他の霊にとり憑かれていることもある。そんなとき、夢子は、その霊が最も恐れる姿になって霊の前に現れ、諭すのだった。話の分からぬ相手の場合は威嚇して追い払った。霊が離れた相談者は瞬時に癒された。動けなかった人が立ち上がり、視力を失っていた人が視力を回復した。癒された本人やその家族は皆涙を流して喜び、夢子に感謝した。そうした姿を見ると、夢子の疲れは吹き飛んだ。365日、相談に応じ続けた。

 夢子は相談をすべて無料で行ったが、多額の謝礼を寄こす者もいた。

 寺に来られない人から、来てほしいという依頼も殺到した。 
 あるとき、夢子の霊力により重い病が瞬時に癒えた社長が車を1台贈呈すると申し出た。黒のメルセデスベンツSクラス。

 夢子は全国を走り回って、人々を癒し続けた。

 だが、夢子は、出家のきっかけとなった水難事故多発地点のことを忘れたことはなかった。いつかあの川に潜む化け物と戦わねばならない。しかし、もし負ければ命を失う。そうしたら人びとを救うことはできなくなる。だが、戦いを避ければ水難事故は続くだろう。

 ある夏、いつもの場所で、水難事故が続発していた。夢子は現場に向かった。

 現地には、恐ろしく不気味な姿をした巨大な化け物がどっかりと座っていた。今の夢子にははっきりと見えた。触手で引きずり込む獲物を物色している。人々は全く気付かず無邪気に川遊びをしている。ライフジャケット着用者は、ライフジャケットの霊力、その力の源泉は、作り手の人々の安全と幸せを願う気持ちに由来するのだが、その霊力によってかろうじて守られていた。化け物は怨霊を取り込んでいるが、その正体は人間の霊ではないようだった。

 命がけの戦いになる。人々が河原からいなくなる夜中に決着をつけよう、と夢子は決心した。

 夢子は実家に立ち寄ることにした。老いた父がいた。
「おお、夢子。久しぶりやな。来てくれたんか。まあ、上がれ」
「お父さんも修行を続けてるんやね」
「はは、人間は死ぬまで修行や。そうやろ」
「死んだら」
「土に還る。それでええんや。それが定めや」
「じゃあ何のために修行してるの」
「修行は人の役に立つけえ。わしも住職を手伝って多少は人の役に立っとるんや。霊障に苦しんどる人のために住職と一緒にお経唱えたりしてな。人の役に立つのが楽しいんや」

「私、川の化け物倒そうと思ってる」
「そうか。そのために来たんやな。で、どうやってやるつもりや」
「説得してだめなら呪文で封じ込める」
「あいつを封じ込めるのは無理や。やるなら殺すしかない」
「お父さんにもあの化け物見えるの」
「ああ。見えるようになった」
「殺すってどうやって」
「実はな、住職と一緒に霊剣を作ってあるんや。3本作ってある。1本はお前さんの分や。明日、住職のところに行くか」

 翌日、2人は住職を訪ねた。夢子はその住職の下でしばらく修行し、素質を見抜かれて東北の寺に修行に行っていたのだった。

「これが霊剣や」
 住職が剣を見せてくれた。夢子には、刃から青い炎が噴き出しているのが見えた。ふと、住職の右腕がないことに夢子は気づいた。
「右腕どうされたんですか」
「数年前も、水難事故が続いたもんで、わしひとりで化け物倒そうと思ってな。そしたら逆にやられてしもうたんや。奴は幻覚を見せてきよる。人間やないんや。精霊の類や。でも神さんやあらへん。土に還ってもらうしかない。もとは人間が自然環境を無茶苦茶にしてるのを見かねて出てきたんやな。それが人間の怨念と合体して得体の知れない化け物になってしまったんや。やつと戦うときは、見えるものすべて真っ二つにしろ。それが親でも神さんでも。一瞬でもためらったら命取られるぞ」
「住職はどんな幻覚見せられたんですか」
「川で亡くなった娘が現れて、やっと会えたねと言いよった。そやかて、わしも完全に騙されたわけやないんや。けど、一瞬判断が遅れた。その瞬間、右腕を触手でひきちぎられたんや。お父さんに助けてもらったんや」
「今夜、やります」
「わしらも一緒に行く」

深夜2時、3人は河原でお経を読み始めた。すると、急に雲が湧いて、ゲリラ豪雨となり、一気に増水してきた。足首まで水に浸かった。きれいな女性が川の真ん中に現れた。そして、「お父さん、会いに来てくれたの」と言った。住職の娘に化けているのか。

「化けても無駄よ。自分の本来の場所に戻りなさい。環境問題は私たちが取り組んでいくから」と夢子は言った。女性は明るく笑った。そのとき、夢子の父が剣を振りかざして突進した。父は濁流にあっさり飲み込まれて姿が見えなくなった。
「幻覚じゃ。斬れ」と住職が叫んだ。夢子は剣を振り下ろした。青い炎が剣の先から伸び、女性を真っ二つに斬り裂いた。斬り口から触手が千本くらいある不気味な化け物が現れた。触手が素早く伸びてくる。夢子と住職は触手を剣で斬り落とし続けた。どれだけでも触手が湧いてくる。このままでは体力が持たない。しかしもうどうしようもない。夢子と住職は触手を斬りまくった。と、水の中から父の姿が現れた。「夢子、助けてくれ」。夢子は瞬時に父に向かって剣を振り下ろした。青い炎が伸びて、父を真っ二つにした。その斬り口から母が現れた。夢子は母の首を瞬時に斬り落とした。生首が転がる。「どうして」と生首がしゃべった。と、太い触手が伸びてきた。住職が巻かれた。「わしはもうだめだ。わしごと斬れ。ためらうな」。夢子は無心で剣を振り下ろした。炎は繊細なカーブを描き、触手だけを斬り落とした。住職は河原に倒れ、骨が折れたのか、動けないようだ。呻いている。と、化け物の本体が一気に距離を詰めて夢子に殺到してきた。決着をつけるつもりなのだ。夢子は剣を化け物に振り下ろした。体に目が百個くらいついているのが見えた。剣が化け物の頭頂部に刺さって抜けなくなった。やむを得ず夢子は剣を離した。一気に触手に絡みつかれた。化け物は夢子を捕捉したまま川に戻り始めた。夢子を溺死させるつもりだ。夢子は水の中に顔を沈められた。身動きができない。ゴボゴボゴボ、と息が口から出る。急に触手の力が弱まり、水から体が引き上げられた。父だった。右腕がなくなっている。夢子には見えないところで父も戦っていたのだ。「この剣使え」と父は夢子に剣を渡した。夢子は剣を化け物のど真ん中に突き刺した。「ぎゃあ」という声とともに、化け物は粉々になって消えていった。雨がやみ、月が現れた。

 住職と父は救急車で運ばれたが、助かった。

 その後、ライフジャケットの着用が進んだこともあって、水難事故は激減した。



 


 










父も在家のまま修行を続けていた。





 



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