ボタンを押さない人々

子供の頃、ボタンを見ると押したくて押したくてたまらない衝動に駆られて、片っ端からボタンを押していた。特に押したかったのがバスのボタン。競争相手(相手は特にそう思っていないだろうが)に負けないように、降りたい停留所の一つ手前の停留所を過ぎると、即座にボタンを押していた。

それは昭和でも令和でも変わっていなくて、子供は大抵ボタンを押したがる。うちの二人の息子たちもボタンがとても好きだ。

ところが、歳を重ねるとそういう衝動は徐々になくなっていき、特にボタンに興味を示さなくなってくる。興味を示さない程度なら特に誰に迷惑をかけるわけでもないのでいいのだが、押すべきボタンを押さないとなると話が違ってくる。

この町、このニュータウンには老人がとても多い。そのせいもあってか押すべきボタンを押してくれない人が多いのである。そう、押しボタン信号のボタンだ。押しボタン信号のある横断歩道が近くにあるにも関わらず、ちょっと外れた場所で車が途切れるのを待っている。百歩譲ってそれはまあ行きたいところにショートカットするためにそうしているのかなと思えなくもないが、人によっては横断歩道で車が途切れるのを待っているにも関わらず、なぜかボタンを押さないのである。

うちには小さい子供たちがいる。「押しボタンのある信号では押しボタンを押して信号が変わるのを待ち、信号が青になったら手を挙げて横断歩道を渡る。」という一般的なルールを理解してもらいたいのだが、そんな子供達がいる前で今日も老人たちは押しボタンを押さずに信号を渡り続けるのだ。これは危険だ。

先日、僕と息子がその信号を渡ろうと思って横断歩道に近づいたのだが、ちょうど前の人が渡ったばかりで赤信号に変わってしまった。押しボタン信号というのはそういう場合、大抵ボタンを押してもすぐには信号が変わらないようになっている。一定時間は赤信号の時間が続くようにできているのだ。それは分かっているので、僕と息子はボタンを押して信号が変わるのを待っていた。

すると変に気を利かせた車が車道は青信号なのにも関わらず停まってしまったのだ。しかし、僕らはもうボタンも押して信号が変わるのを待っている。ここで車が停まってくれたからといって渡るわけにはいかないのだ。すると停まっていた車は腹が立ったのか、急にエンジンを噴かして急発進してしまった。いやいや、おかしな善意の押し付けはやめてくれと思う。逆に危ないだろうと…。

個人的な感覚ではあるのだが、ここの押しボタン信号ほど押しボタンを押されない押しボタン信号は見たことがない。いずれ大きな事故でも起きてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしている。子供が小学生くらいになったら、押しボタン信号の付近で待ち伏せをして、押さずに渡った人たちになぜ押さずに渡ったのか聞いて回るキャンペーンを展開しても良いんじゃないかと思うくらいだ。

歳をとると様々なことに対して関心が薄くなるのかもしれないが、やるべきことはしっかりやる歳の取り方をしたいものだと思う。いや、というよりは、様々なことに関心を持ち続けたい。ボタンを押したい衝動を失わずに生きていきたいと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?