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店長論 第二章⑦

まず、苦労したのは面接だ。
有名になりつつあった珈琲屋さんの名前を募集で出した所、なんと150人以上の応募が!
準備をするのは、僕一人。
毎日15~20人くらいの面接をこなしていった。

一人一人にさける時間はわずかで、魅力を引き出すのに相当苦労した。

次に苦労したのはスタッフ研修。
珈琲屋さんは1店舗しかない。お世話になれるのも1日2人が限界だ。
わが社は、小売りの会社だから飲食設備は一つもない。

八方ふさがりだった僕は、小売りの店舗のバックルームを改造して
ハンドドリップの練習ができるよう器具を揃えて、毎日練習してもらうことにした。
普段片付かないごちゃごちゃした場所だったのだが、人間やろうと思えば何でもできるんだなと改めて感じた。

何より苦労したのは、自分の技術。
ブラックコーヒーも飲めなかった僕は、もちろんコーヒーの味なんて全く分からないし
淹れたこともない。
事前研修で多少の特訓は出来ていたが、まだまだ足りない。

店長として事務業務もたくさんあるため、昼間は事務仕事、夜にハンドドリップの練習。
お風呂に入りながら、湯舟でピッチャーを使ってラテアート注ぎの特訓。
さらに、週に1回程度、泊まり込みの特訓をしてもらってひたすらエスプレッソの抽出と
ミルクスチーム・注ぎの練習を繰り返していった。

初めて珈琲屋さんに行ってから約3か月経った頃、何とか形にはなり始めてきた。

もう1名社員が合流し、いよいよ建物・内装もでき始めた。
駅の券売機の跡地を使って作ったコーヒースタンド。
キオスクくらいの大きさである。

開業にはトラブルがつきもの。
電話回線がつながらない、工事が終わらない、モノが来ないなど。
結局オープン日当日まで、スタッフさんたちとシミュレーションが一度もできないままとなった。

いよいよオープン日。
TVの取材も入り、意気揚々とオープンした。
多少の焦りはありながらも、バックルームで練習してきたかいがあって、
主要のスタッフさんもしっかりやれている。
いける!と思った。

その後TV放映の効果で、ある日お客さまの行列ができた。
キオスク程度のコーヒースタンドに10名以上の列が1日中続いた。

研修で学んだ事が多かった中、
この状況下で僕はまたもミスを犯した。

待たせてしまうのは悪。
いかに効率的に。
いかにさばけるか。
待つイライラを解消する事ばかりにその1日は集中してしまった。

提供ミス、オーダーミス、ひとりひとりと会話する事なく
どんどんさばくことばかり。

1日目を終えた時に、この失敗に気づいた。

期待の高いお客さんが、並んでまで買った珈琲。
店員は、チェーン店のように効率的にさばいてくる。
まるで売上だけが目的かのように。

案の定、この失敗はのちに顧客離れを生む。
この日来てくれたお客さまは、がっかりしたのだ。

研修中に、今回コラボレーションしてくれた珈琲屋さんの焙煎士に言われた事が今も深い。
世界で1番美味しい珈琲は、がんばって登り切った富士山の山頂で飲むインスタントコーヒーだと。
これだけこだわり抜いた焙煎士が言うから妙な納得感があった。

つまり、珈琲を飲む体験は、どんな状況で誰とどんな気持ちで飲むかが味を決めるのだ。

この日の失敗は、ちょっとずつちょっとずつ僕らをむしばんでいく。

続く

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