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「数値化できないシリーズ」 #1 こころづけ

画像:Pixabay

開高健さんは壽屋(現サントリー)宣伝部のコピーライターとして
洋酒文化を日本に根づかせ、また「裸の王様」で芥川賞を
受賞された作家でした。その他に美術、音楽、食などに造詣が深く
彼の文学作品もエッセイも大好きでした。

開高さんはタクシーに乗る時に毎回ある儀式的な行動をとると、
昔雑誌で読んだことがありました。

携帯電話も電子マネーもまだ発明されていない頃のお話。
タクシー代金は現金で払うのが普通の時代でした。

開高さんはタクシーを降りる時、いつもメータ料金より
少し多めに払います。そうすると運転手さんが
小銭のお釣りをキャッシュトレー(カルトンとも言う)に置きます。
開高さんは「お茶代の足しにしてください」と言って
お釣りをそのまま置いてタクシーを降ります。

「あ、どうもすみません」と運転手さんは軽く礼をのべる。

昔、日本にはこころづけという習慣がありました。
(今でも残っていると願いたい)
アメリカのレストランなどでウエイトレスに渡すチップと同じです。
お店の請求額以外に、その人のプロとしてのサービスに
感謝の気持ちを表したものです。
だからこころづけはタクシー会社にではなく
運転手さんへのお礼です。

キャッシュトレーに置く金額にも工夫が必要です。
少なからず、多からず
受け取る相手が気を遣わない程度に
といってもそれはメーター金額の
何パーセントなんでしょうか?
なんて無粋な質問でもしようものなら
開高さんは呆れ顔になるでしょう。

「お茶代の足しにしてください」が
すべてを語っているはずです
もし心づけが500円硬貨1個だとしたら
もちろんそれだけで「おーいお茶」が
3本はかるく買えるかも知れないけれど
そこを「足しにしてください」と
控えめに言うのが日本の良いところであり
開高さんの美学なんだろうなあ

もしかしたら安全運転にもつながるかも知れない
と、開高さんは思うのです。

その日は朝から運転手さんがイライラした気持ちでいたとしても
この小さなハプニングで心が和らぐかも知れないし、
ひょっとしたら交通事故を防ぐ事になったかも知れない
(バタフライ・エフェクトみたいだけど、、)

その日の食卓で「今日さ、こんな客がいてね、、、」
と奥さんと話して楽しいひとときになったかも知れない。

誰かの心に小さな光を当てることは
誰にでもできることです。

新約聖書・マタイによる福音書に
「己の欲するところを人生施せ」という言葉があります。
論語では
「己の欲せざるところは人に施すなかれ」と
逆の表現ですがこの2つは同じ事を言っていません。

一方は「〜施しなさい」と肯定的な行動を示し
他方は「〜施すなかれ」とネガティブな行動を戒めています。

「まずはポジティブな行動をしろ」と
開高さんは教えてくれたような気がします。

Suicaなどの電子マネーが普及すると
小銭のやり取りがなくなって
タクシーの運転手さんへのこころづけは
どんな形に変わるのだろうか?
それとも
次の世代には忘れ去られてしまうのだろうか・・・
いや、もうそうなっているような気もするなあ

でも、こういうのもありますよ。
アメリカではコーヒーショップなどでのチップを
レジでサーバーさん(ウエイトレス、ウエイターの事)
個別に払えるシステムがここ数年普及しました。
iPadの画面に "Tip" と言う項目が表示されて
10%, 15%, 20% などのチョイスがあり、
好きなパーセンテージをタップすると
そのサーバーさんにチップとして入る仕組みです。
もちろん、No Tipというボタンもあります。
タクシーの支払いの時に何かそんな
仕掛けがあるといいですね。
アメリカでは西洋人を中心とした万人に分かりやすいように
パーセンテージとして数値化しています。
これは彼らの思考にとっては理解しやすいものです。

私が考える「数値化できない」シリーズは
そういう西洋人のロジックと同じフィールドには
無いものだと思います。40年以上、西洋人たちと
遊んで、仕事をしてきてやっと
「あ!、違うやん、この人ら」と。。。

Photo: (Jose M. Osorio/Chicago Tribune)

こういう仕掛けって
こころづけの習慣から離れてしまった人
そのものを知らない人には
うまく伝わらない気もします。
文化の違いっていつも考えさせられる

画像出典: Pixabay.com, Chicago Tribune



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