きまぐれな夜(11)
ミゲルの母親が戻って来た。
ハアハア息をきらしている。
朝の4時半。
「ミゲルは、とてもいい子にしていましたよ。
あなたが頑張っているから、
自分も頑張らなきゃと思っているみたい。
昨日は、ちょっと甘えたくなったんでしょう。」
「本当にありがとうございました!」
「仕事あがりに、一杯いかが?」
「でも、この後、私、もう一つの仕事にいかなくてはならないのです。」
「じゃあ、ミゲルが飲んだのと同じ、
ノンアルコールの飲み物をご馳走しましょう。それならいいでしょう?」
ノンアルコールのラムパンチを飲みながら、
彼女はこんなことを話してくれた。
本当は夜、子どもを置いて仕事に出たくないこと。
頼れる身内や知人もいないし、
公的機関に相談しても、紹介されるのは、
お金を払って子どもを預ける場所ばかり。
そもそも、お金に余裕がないから、
こんな働き方をしているのであって
悪いのはわかっていても、
やっぱり、夜、子どもを置いて出るしかないのだ・・・ということ。
「あのね、店が開いている時・・・・この店は私が眠れない時だけ開店をするのだけれど、今日みたいに困ったらミゲルを預かってあげますよ。もちろんお金なんかいりません。ただ、私も年寄りだから、何もないという保証はないの。それでもよければね。」
「本当に? いいのですか?」
「いいよ。今、私は現実にメアリーポピンズみたいな
おとぎ話の主人公になれるんだ、と楽しい気持ちでいるの。」
飲み物を飲み終わると、母親は何度も頭を下げて、ミゲルを連れておうちに帰っていった。
さあ、私も、少し休むとしよう。
空がすっかり明るくなり、BARの明かりは消えていた。
1番電車が、お客を乗せて走っていく。
新しい一日が、また、始まった。
(おしまい)