あの夏、名も知らぬ君へ「ありがとう」を伝えたかった。
「観客はマスクをしているから表情が見えづらいのではないか?」
「お茶会や入り出待ちが無くなったので、生徒さん達はファンの直接のリアクションを感じにくいのではないだろうか」
「私たちが思いを伝えられる場は、大劇場にお手紙を出す事だ」
SNS上で、組を超えたファン同士の会話を眺めながら、花組のとある生徒さんの事を思い浮かべた。
「はいからさんが通る」は、緊急非常事態宣言後初の公演。待ちわびていた気持ちと、恐怖との闘いの中で始まった幕開けは記憶に新しい。
職業柄行っていいのか?と言う葛藤を抱えながらも、抑圧された日常から解放されたい・何より宝塚が見たいと言う気持ちが勝った。自分なりの対策を考えて、直属の上司に相談し大劇場へ向かった。
詳細な感想は別記事に書いているが、とにかく日常を忘れさせてくれた。
「はいからさんが通る」と言う作品が良かったし、そのレベルの高さも良かった。花組と言う看板を背負う人達の誇り高きプライド、何よりも舞台に立てる喜びが伝わってきた。こちらも、幕が開いている事がどんなに幸せかと言う事をかみしめながらそのひと時を満喫した。
その中で、とても気になる生徒さんが居た。後に読んだ原作の中でも「あの役を演じた彼女」を何度も思い出させた。誰のどの役もハマっているけど、あの役の彼女がダントツだった。はいからさんが通るは、柚香光さんと華優希さんを待っていたんだと思う。少尉と紅緒がぴったりハマる2人。それと同じくらい、あの役も彼女を待っていた。私はそう思った。
時間はたっぷりあった。
花組とのご縁は薄く、名前は存じていたが、何期の方か?顔と名前が一致する程詳しくはなかった。舞台を見てからお名前を調べた。役に付いての感想、この日の観劇への覚悟。この数か月の苦労が吹っ飛ぶぐらいに楽しかった。観劇後に原作を読んた事…
「再開後の舞台を楽しんでください。東京のお客さんもきっと楽しみに待っている。こう言う時だからこそ、私のようなご縁があるかもしれません。不安は尽きないでしょうが、希望を持って前向きに舞台に立って欲しいです。宝塚がこんなにも元気を与えてくれる場だったのだ!と言う事を再認識しました。きっと多くのお客さんも同じ気持ちだと思います」
そんな事を書いて、休演中の宝塚大劇場宛に送った。
あれから、宝塚歌劇は少しずつ通常運転にシフトした。いい意味で戻ったし、悪い意味でも緊張感が少しずつ失われつつある。これは宝塚歌劇だけに限らず、世の中に言える。形だけの検温、形だけのソーシャルディスタンス。形だけのマスクに消毒。正直者が馬鹿を見るようなこの状況。
そんな中「あの役の方」からお礼状が届いた。
休演期間中に届いた事から始まる、舞台に立てる喜びと感謝の気持ちが、空白一杯に埋め尽くされていた。手紙が届いた、読んでもらった。それだけで良かったが、こうやって気持ちを返して下さる事がありがたかった。
それと同時に、再開後の緊張感に身を引き締めた事。幾度の休演に胸を痛めたあの夏を思い出した。
舞台があるのは当たり前じゃない。
だからと言って、誰のどんな行動を責める事は出来ない。
私は私で、この事を再度思い出し、気持ちを引き締めたいと思う。