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華やかなりし「贔屓が居た宙組」の日々⑦

「考え過ぎるんだよ」「変わってるよね」

人生で何度も何度もうんざりする位言われたか。

分かってるんだよ、考えてもどうにもならない事だってある。そんな事を延々と考えている時間が無駄だと言う事も、必要以上にネガティブに考え過ぎてしまう自分も嫌い。

学生の頃から社会人になっても「変わっている」と言われる事が多く正直嫌だった。何が変わっているのか分からなかった。どうしていいのか分からなかった。

その「変わったものの見方」を肯定してくれたのは、亡き私の母だったし、星月梨旺さんとの出会いだったと思う。

文章を書く事が大好きだった。子供の頃からのルーティン。人とコミュニケーションを取るのが苦手で、喋ると誤解を招きやすく、人に本音を話しにくい私は「文章」に救われていた。文章を書く事こそ私が生きる事でもある。

変わっている自分だからこそ、深堀りしたがる自分だからこそ。仮説を立てて意見を集めて検証を繰り返す事が好きな自分だったからこそ、贔屓のお芝居1つに対して様々な事を考えて感じる事が出来た。

星月梨旺さんのファンになったきっかけの1つがWEST SIDE STORYのビッグディールだった。

あの狂った叫び声の意味を知りたくなった。おどけているようで、彼は何に不満を持ち何に苦しんでいるのだろう。盗んだバイクで走りだすような気分なのか、青春時代特有のものか?あの当時の国の情勢なのか、どんなに頑張っても這い上がれない現実なのか。聡明で多感な彼は色々なものが見えていたに違いない。

星月梨旺と言う男役は、どんな風に役を生きているのだろうか。

それを探るのが楽しかった。

沢山の役の中で例えば「異人達のルネサンス」と「夢千鳥」の父親像の違い。どちらも長い場面の中の一瞬。前者は子供の気持ちにどう向き合っていいのか分からない苦悩が見えた。息子へのビンタには父親自身の苦悩が込められていた。妻が居ないし祖父母は頼れそうにない。何を考えているのか分からない思春期の息子とどう向き合えばいいのか?葛藤しているように見えた。夢千鳥の父親は冒頭から暴力を振るう、後の夢二に暗い影を落とすインパクトの強い父親だった。「男らしく」「跡取りとして」に沿わない息子に対しての苛立ち、思い通りにならない自分勝手な願望。嫌悪の目を向ける茂次郎と客席の私が重なった。大好きな人のお芝居に嫌悪感を抱いた。

全ての役に対し、こんなにも「この役はどんな人なんだろう?」と思えるお芝居をする人は、宝塚では今の所星月梨旺さんしかいない。お芝居が上手だと感じる人は居るが、贔屓の芝居はその役がどんな風に生きているのか?生き様への想像を掻き立てるそんな表現者だった。

ああだろうか?こうだろうか?の想像をお手紙に書いていたら何枚でも手紙が書けた。公演中は欠かさずお手紙を書いた。何セットも買ったレターセットがあっと言う間に消えるし、ポストカードもすぐ無くなる。自分でも周囲にも「よくそんなに書けることがあるね」と言われるぐらい、源泉から無限に温泉が湧いて出てくるように思いが伝えたい事が溢れていた。

お茶会によって自分のこうだろうか?の答え合わせが出来た。何を考えてその役を演じているか?のすり合わせが出来た事も有り難かった。ファン同士での意見交換も楽しかった。例え考察と違っていても、彼女はそうやって役作りをしているのか!そんな視点があるのか!と納得出来たし、新たな視点から作品を見る楽しみがあった。

星月梨旺さんからは目には見えない豊かなものを沢山沢山いただいた。豊かな人との繋がり、豊かな思い出の数々。そのどれもが「豊かなるもの」だった。

星月梨旺さんのファンになった自分は、いつしか「自分は自分でいていいのだ」と思えるようになった。

深く物事を考える変わっている自分でもいい。

だってこんなに一つの役に沢山のインスピレーションを与えて貰えるんだもん。沢山の気持ちを与えて貰えるんだもん。だから面白くて楽しいんだもんね。ああかな?こうかな?と考えを巡らせる時間すら愛しくて、頭の中の考えをアウトプットしていく。iPhoneのメモ帳、今読み返すと意味不明な一行を含めて「星月梨旺さんとは?」で埋め尽くされている。あの時私がどう感じたか?生きている印がスマホの中に刻まれている。意味が分からなくても消せない。

変わってる自分ごと男役らしく包み込んでくれた。それが私の中の男役・星月梨旺だった。宝塚はこんな私だって肯定してくれる場所だ。それも宙組と星月梨旺さんに気づかせてもらえた。

自己肯定感が低くたっていいじゃない。健康で元気に宝塚が見られるならいいじゃない。収入?増えるに越した事無いけど、宝塚を観てオシャレして美味しいお酒を飲めるくらいには貰えてる。独身?世間体?宝塚大劇場に連れて行けるようなパートナーに巡り会えたらいいけどねぇ(笑)それよりも、10年20年後も元気に宝塚歌劇を楽しめる自分でありたい。それが一番大事!

退団から一ヶ月。

何も考えず夢夢しい!と楽しむ宝塚もいいけど、全力で「星月梨旺とは?」を考えた考え抜いた時間が愛しい。とてつもない熱量で愛し考えを巡らせる夜も今となっては愛しい。あの熱量を思い返したら胸がキュッとなる。

沢山の「豊かなインスピレーション」をありがとう。こんな私を優しさで包み込んでくれてありがとう(勝手に包み込まれたと思っています)

あなたが全力で生きた宙組をこれからも見続けます。